ハルと一悶着あった。
俺――松岡凛は、ハルをその場に残して皆の元へ戻ってきた。相変わらず水着を選んでいる皆をボーッと見詰める。
(ハル達が居るってことは、アイツも居るのか…?)
頭の中は、自然と彼女――帝のことを考えていた。酷く傷付けてしまった初恋の女のことを。
自分が掴んだ手首は治ったのか、チアリーディングは上手く出来るか、変な男に絡まれて居ないか、今、何をしているのか。
まるでストーカーの如くネットリと彼女を思い浮かべる。
正直、オーストラリアに居た時、良いなと思った女は何人かいた。交際をしたこともある。しかし、やはり、初恋とは特別なもので、彼女以上に愛しいと思える女性は居なかった。この女も違う、あの女も違う、と、無意識、時に意識的に帝と誰かを比べ、やはり違うと絶望を覚える。呪いのようにまとわり付くその感情は、俺にはもうどうすることも出来なかった。そして、水泳も、恋愛も、壁にぶち当たった俺は、徐々に壊れたんだ。
日本に残っていたならば、どうなっていたのだろうか――そんな愚かな考えが過る程に。

「…――ちょっとあっちゃん!!それ絶対無理だって!!」
(…、?)

不意に俺の耳に入り込んできたその声は、俺が今まさに想いを馳せていた女本人のもので。俺は思わず振り返ってしまった。
「イケるって!!皆も言ってるんだし!!これ購入ね!!」
と、言いながら彼女をあしらっているのは何時ぞやにも会った友人Aだ。その右手には黒いビキニが掲げられている。何と無く状況は察した。
必死に抵抗している帝だったが、それも虚しくレジまで商品を持って行かれる。そのまま友人達の押しに負けてお金を払っている彼女の後ろ姿。アホな奴、なんて思いながらも、そんな後ろ姿ですら胸を焦がす程に愛おしく感じる。
(突き放そうと思っていたのに、)
出来ない自分が居る。
(忘れようと思っていたのに、)
こればかりは、出来る自信が無い。

遠くから彼女を見詰める。
俺の為にバトンを回していたアイツは、もう記憶の中にしか存在しない。
彼女は過去ばっか追い掛けている俺に見向きもせず、今を一生懸命生きている。水泳を諦めかけていた俺とは違って。彼女は真っ直ぐで眩しすぎた。

「ねえ、海水浴に彼氏も連れて行っちゃだめー?」
「ダメダメ!今回は男子禁制!チア部のみ!」
会計を終えた女達(どうやらチアリーディング部の仲間だったらしい)が袋を片手に会話を始める。
「そうそう!今回はチア部だけ!それに、皆が彼氏連れてきちゃうと帝が一人になっちゃうからね」
「うるさいな」
「だって彼氏居ないの帝だけだよ?」
「モテるのに勿体無いよね〜?」
「ね〜?」なんて顔を見合わせながら声を揃える友人達に、帝は苦笑を浮かべている。俺は、そんな会話を盗み聞きしながらも何処か安心していた。
(彼氏、居ないのか…)
「こらこら、あんまり帝を苛めないの」
友人Aが皆を制している。
「だって、この中で一番モテるの明らかに帝じゃん」
「そうそう、勿体無いよー。色んな男を漁って経験積むのもいいんじゃない?」
――おい、お前ら余計なことを吹き込むな。
女達の科白に思わず割って入りそうになった。
「帝はアンタ達と違ってピュアでウブでプラトニックだから!変なこと吹き込むんじゃないの!」
ピュアでウブでプラトニックなのかは分からないが、俺の思っていたことを代弁してくれた友人Aに密かに感謝した。同時に、こんな肉食女子ばっかの空間でよく流されなかったな、とある意味帝に感心した。

「あーあ、ほんと勿体無いなぁ、こんなにモテる帝が片思いとか」

(は、?)

かたおもい、?
俺の鼓膜は信じられない単語を拾った。帝が片思い?誰に?
動揺を隠せない俺。先程の安心が嘘のように消えて無くなる。会話は終わらない。ターゲットの帝が否定もせずに至って平然としていると言うことは、これは周知の事実なのか。
「皆、声大きいってば」
「あ、ごめん、つい」
白熱してきた会話を断ち切るように帝の妙に冷めた声が入る。まるで心臓を掴まれたかのように、俺は動けない。
帝は、友人達から目を離す。ゆっくりと振り返った。

「今は、チアが恋人だから」

そう言った彼女の瞳と、俺の瞳が、
綺麗に交差した。




2014.04.18



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