岩場でカニと戯れていた。

みんなは追って来ない。
気まずくなるだけだと分かっているから。


先程も言ったがおれが嫌だったのは黒いビキニなんかじゃない。
この、深く刻まれた傷痕を晒すのが嫌だった。
別に、「傷痕を見られるのがイヤ」とか、女の子らしい考えではない。
おれが嫌なのは、傷痕を見たみんながおれに対して何らかの負の感情を抱いてしまうこと。
例えば、憐れみとか、同情とか、罪悪感とか、背徳感とか。
おれ自身が全然気にしていないのに、みんなが気にして気を遣う――そんなのが嫌だ。
おれはもう普通だと思っているし、憐れな人間でもない。それこそ過去は憐れな人間だったが。
「今は」違う、と分かって欲しい。

そして、「今」、おれがおれ自身を憐れな人間ではないと言い切れるようになったことが、みんなのお陰だと、分かって欲しい。


同情なんか欲しくない。
そんなのを寄越すくらいなら愛が欲しい。

――そんな、我が儘。



「…みんな、分かってないよ…」
思わず呟いた。
おれが語らな過ぎる、と言うのも有るかも知れないが。

「…―――分かってるって、」

「…―――――?」

不意に優しい声が降り注いだ。
今まで一人でカニを捕まえて遊んでいたので、いきなりの声に、若干戸惑ってしまった。

それを押し殺す余裕も無いまま、ゆっくりと振り返った。ある程度予想していた人物が、微笑みを携えておれを見ていた。

「なんで追って来たんだよ」
「好きな女が落ち込んでるのに、慰めに来ない男なんていないだろ?」
「…まあ、確かにな」
おれは苦笑いを浮かべた。
ふわっ、と風が吹いてパーカーを捲り上げる。
ロックオンは目を細めた。

その様子が、何だか悲しかった。

「おれさ………」
ポツポツと呟く。ロックオンに向けてではなく、独り言を洩らすかのように。
「別に…苦しくないよ」
「……………。」
ザザー、と波がおれの声を拐う。
ロックオンは無表情でこちらを見ている。
だけど、言い直したり大きな声で言ったりするつもりはない。

「この傷が在るから、今のおれが在るんだ」

そう、思う部分もあるから。


この傷をつけられて、死を垣間見た時に、本当の自分に気付けた。
離れたくない、そう思う程、みんなが大切な存在になっていたということ。
ロックオンを、愛しているんだ、ということ。

だから、かな。
痛くて、苦しかったはずの傷痕が、妙に、愛しく思える。


云わば、これは、

「おれの、勲章…かな…」

呟いた。



その刹那――…




―――がっ、

「え…っ、」

抱き締められた。
お互い水着だから、露出した肌が触れ合って、そこから熱が生まれる。

「ロックオン…?」
訳が分からなくなって思わず訊ねた。
視界の隅で見えたロックオンの耳は少し赤みを帯びていた。
(照れてる、のか?)
そんな疑問に答えるようにロックオンは腕の力を強くした。

「少し黙れっ、急に抱き締めたくなったんだっ」
「なっ、なんだと…っ?お前に抱き締められる筋合いは…っ!」
「だから黙れって!」
「――――――ん、ぅ!」

いきなりの接吻。
完全に不意討ちだった。
びっくりしてロックオンの胸元を押し返すが、男のロックオンには敵わない。
そうしている間に、腰と後頭部に手を回されてガッシリ捕まえられる。
「んぅ!!!ふ…っ!!」
嫌がっている割りに感じている自分が恨めしい。生理的な涙が止まらない。
ロックオンはいつからこんなにキスが巧くなったんだろう。前まではおれがリードする程だったのに。なんて不謹慎なことが過った。
「はな…、し…っ!」
渾身の力で押し返す。するとロックオンは我に返ったのか「悪い…」と言いながら身体を離した。


「惺…」
「…なんだよ…」
急に、真面目な声が聞こえたから驚いた。妙に探るような声色になってしまったが、きっとロックオンは気付いている。
ロックオンは微笑んだ。
そしてその白い指で傷痕を辿る。

「勲章はいいけどさ…、これ以上身体を傷付けないでくれよ…。お前は女なんだから…」
綺麗な身体に、これ以上何も刻みたくない、と彼の瞳が言っていた。
だから、

「でもさ、」

彼の瞳を見つめた。



「傷物でも、お前が嫁にもらってくれるんだろ?」


ロックオンは、一瞬目を見開いて、

再びおれを抱き締めた。



「勿論さ」














皆のもとに戻ってきた。
少々乗り気ではなかったが、ロックオンがあまりにも煩かったので渋々帰ってきた。
皆は何もしないでパラソルの下で休んでいた。
おれの姿を見た皆が苦笑いを浮かべる。
余談だが、ハレルヤはアレルヤに戻っていた。
そして更に余談だが、ティエリアと刹那は砂から出ていた。

「二人ともお帰りなさい」
と、スメラギさんの科白が聞こえた。そして直ぐに、アレルヤからの「ごめん、惺…ハレルヤが…」という科白も。
だが、

「ああ、そうそう―――…」

おれはそれを遮った。

パーカーを脱いで傷痕を指差す。


「知ってるか?これ、最近流行ってるタトゥーなんだ」


そしてニヤリ、と微笑んだ。

「「「惺ー!!!」」」
それを見た皆が一斉におれを取り囲む。あたふたしながら何とか踏ん張る。
「もう惺大好き!」
「惚れちゃう!」
「惺かっこいい」
複雑な気分だ。

だが、同時に安心していた。

おれは皆からの憐れみや同情を恐れていた。それと同じように、皆も、おれからの拒絶を恐れていたのだ。

(……なんだ…普通じゃんか…)

沸き上がる安堵に涙がうっすらと浮かんだ。それを気付かれないように拭うと、ロックオンを見た。
彼は親指を立てて、口パクで「よくできました」と笑った。

おれも笑った。


「さ、みんなでビーチバレーやりましょう!!ほら!惺も!」

スメラギさんに引かれて浅瀬へ走る。皆もパラソルから出てきてついてきた。

(ああ―――…)



こんな日も、悪くない。






2011.07.17


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