ソレスタルビーイングは束の間の休息。
机を囲んで何やら熱く話しているスメラギさん、フェルト、ミレイナ、アニューの姿。惺の姿は見えない。彼女以外の女性達が、机を囲んで一体何をしているのだろうか、と疑問を抱いたが、その机の真ん中にある数冊の雑誌を見た瞬間、俺は納得した。
(女子トークってやつか)
ならば、惺だけがこの場に居ないのも頷ける。彼女はこの手の話題には興味がなさそうだ。

「あ、ライル」
俺に気付いたアニューが声をかける。
「よぉ、随分と盛り上がってるじゃねぇか」
近寄って雑誌を見ると、開かれたページはどれも恋愛についての特集。
胸キュンエピソード、甘酸っぱい初恋エピソード、男女の修羅場エピソード等々――そんな単語を見付けて思わず苦笑した。
「今、初恋の話で盛り上がってたの」
にっこりと俺を見上げるアニューに、嫌な予感がした。
この流れは確実に…

「ストラトスさんの初恋はいつですか?」

ほらな。
「あー…」
間抜けな声が洩れる。これは困った。
初恋にはあまり良い思い出が無い。出来れば話したくないのが本心だった。
「忘れた」とか何とか言って誤魔化そうかと、視線をさまよわせた刹那、
グッドタイミングと言わんばかりに誰かがやって来る。

「…――ごめん、スメラギさん、おれ此処に忘れ物しなかった?」

そんな科白と共に、やって来たのは惺。俺の初恋の話はブッツリ途切れ、皆の視線が惺に集まった。
「ああ、これでしょ。忘れてたわよ」
「ありがとう、スメラギさん」
スタスタと近付いてスメラギさんからその忘れ物とやらを受け取る。それを受け取った彼女は、チラリとテーブルの上に広げられた雑誌を見て、一瞬だけギョッとした表情を浮かべた。
(そうはさせないぜ惺)
彼女が帰ってしまえば、俺の初恋に話が戻ってしまうのは目に見えていた。
悪いが、ここは惺に生け贄になってもらう。

「そういやアンタの初恋はどうなんだよ」

標的を惺に合わせる。彼女にしては珍しく、一瞬だけ目を見開いて動揺した素振りを見せた。
その予想外の反応に、俺はしまったと考える。
(今更だけど、もしかして…いや、もしかしなくても、惺の初恋って俺より報われてないんじゃ…)
そうだ。彼女の初恋の相手は夏端月惺で女性だったじゃないか。成就している確率の方が低いのに。
これは、自分の初恋話をしたくないあまり、とんでもない墓穴を掘ってしまったようだ。
「…別におれの初恋なんてどうでもいいだろ…。何処でも聞くような普通の初恋だったしな」
無表情のままでそう告げるが、その科白が嘘だとは直ぐに分かる。
普通の初恋で女同士なんて聞いたことがない。
詳しく訊きたいけど、訊けない。もどかしい思いがぐるぐると胸の中を回る。
(知りたいんだけど…)
思わず中途半端に「でも…」と、逆接の言葉を呟いたのを惺は聞き逃さなかったらしい。
「はあ」と小さく溜め息。

「……一目惚れだった…」

ボソリと吐き出された言葉。
まさか答えてくれるとは思っていなかった。事情を知っているのであろうスメラギさんとフェルトは、「話してもいいの?」と言いたげな複雑な表情をしていた。
が、
「それで、どうなったんですか?その方とは」
事情を知らないミレイナはストレートに訊いてしまう。
惺は苦笑を浮かべた。
「何処かの国でも言うだろ。初恋は叶わないって…」
「失恋したんですね…」
アニューのトドメを刺すような科白。
惺は口を閉じてしまった。そして、何処か遠くを見詰め、何かを思い出すような仕草。
しん、と静まり返った空気が僅かに重い。
しかし、その重い空気を、惺本人が切り裂いた。

「おれの恋は報われなかった」


「…―――だけど、確かに愛されていた。」

「…――今も、こうして、おれの傍に居る。」

「…――“あいつ”と一緒にな。」


凛とした声でその科白を放つ。
その表情は、いつもの無表情とはさして変わらないはずなのに、いつもより柔らかく見えるのは気のせいだろうか。
うるさい鼓動には気付かないふりをして。
「それで、その…」
ミレイナとアニューがもっともっとと言うように惺に詰め寄るが、彼女は苦く笑って自らの口元に人差し指を添える。

「あとは、おれとあいつだけの秘密だ」

可愛くもあり、妙に色っぽくもあったその仕草に、一同が思わず生唾を飲み込んだ。
そんな俺達の思いを知ってか否か、苦い笑みを更に深くする。
「これで勘弁な」



2017.09.23

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