「…――あんた達誰?ここ、どこ?惺はどこにいる?」

俺達を見るなり、吐き出された声は、いつも聞いていた彼女の雰囲気と全く違っていて、完全に別人だった。
「えー…、あー…」
言葉を濁す。
こうなったのは、数十分前に遡る。




『…――クルー全員は至急ブリーフィングルームに集まること!』

スメラギ・李・ノリエガの焦ったような艦内放送で、トレミーにいた全員がブリーフィングルームに集結した。突然の呼び出しに、皆が「何事か」とそわそわし始める。辺りを見回すが、これからミス・スメラギから話されるであろう内容の見当がついている人は、俺――ライル・ディランディも含め、誰も居なかったようだ。
そわそわ、そわそわ。
しかし、その空間の中に、一人、足りない人物と、妙に顔色が真っ青な人物が一人。
「…――揃ったわね、実は今皆を呼び出したのは…」
「待ってくれ、ミス・スメラギ。惺がまだ来ていない」
話し出した彼女の言葉を遮り、そう告げる。が、その科白に、何故かビクリと反応したのはアレルヤ・ハプティズム。
(???)
「惺はいいの。…と言うのも、今回皆を呼び出したのは、彼女がちょっと大変なことになっちゃってね…」
「惺に何かあったのか!」
逸早く反応したのはティエリア・アーデ。惺とティエリアは特別に仲が良い。“仲が良い”と言う表現すらちっぽけに見えてしまう程、二人の関係は深く特別なのだ。それ故、惺に何かあったと聞かされ、彼がそのまま黙っているはずがない。先程まで冷静に話を聞いていたのに、瞬時に鬼の形相へと変化するティエリア。その様子を見て耐えきれなくなったらしいアレルヤが、ざっ、と、一同の前へ進み出て勢いよく頭を下げた。
「ティ、ティエリア…っ!ごめん!」
ポカン、と皆で彼を見詰める。
「実は…!さっき、ハレルヤが出てきて…!」
と、ここで俺達は何と無く状況は察した。
ハレルヤと来たら、思い当たるのはひとつ。
また乱闘になったのだろう。
もう一人の人格のハレルヤは、少々狂暴な性格で、惺がマイスターになったばかりの頃、彼と手合わせした際に、ひどく気に入られたらしく、それ以来、彼が表に出てきた時は毎度の如く二人はバトルになる。惺が勝つときもあれば、ハレルヤが勝つときもあるし、最終的に決着がつかない日もある。
いつも、何だかんだ言って丸くおさまっていたそれだが、今回に限ってどうしたと言うのか。
「惺がどうしたんだ!早く言うんだ!」
アレルヤの胸ぐらを掴みそうな勢いで問い詰めるティエリア。アレルヤは半泣きで答えた。

「ハレルヤとバトルになった時に、惺が頭をぶつけちゃって…っ、!記憶が混濁しちゃったんだ…!」




と、冒頭に戻る。

目の前の彼女――記憶が混濁してしまった惺・夏端月は、いつもの、無表情・無愛想・寡黙のお得な三点セットなど微塵も感じさせない、普通の、否、かなり可愛いげのある、女性へと変わってしまった。
「なんか、全然雰囲気違いますね」
隣でアニューが囁いた。
そう、目の前の惺は、ここ数年の記憶がブッ飛んでしまったらしく、俺達のことは勿論、ソレスタルビーイングに来たことすらも覚えていないのだ。
少々特殊な身体を持った彼女だから、田舎のドクターに連絡をして色々訊いたのだが、チップがあるから暫くしたら絶対治ると言われて通信を切られた。チップってなんだ?ティエリアやフェルトは納得していたが、俺にはさっぱり分からなかった。
まあ、取り敢えず、絶対戻るってんならもう安心だ、と思ったのも束の間。
厄介なのはここからだった。
診てもらったついでに、彼女がどれくらい記憶が混濁してしまったのかもドクターに確認してもらったのだが、どうやら、初恋の夏端月惺とまだ一緒に過ごしていたナユタ・ナハトの時期まで一時的に記憶が空白になってしまったようだった。
目覚めた直後の科白からも分かる。
『ここ、どこ?惺はどこにいる?』
自分の居場所の確認、そして直ぐに初恋の夏端月惺を探す。それくらい、彼女に惚れていた時期のナユタ・ナハトに、彼女は戻ってしまったのだ。

頻りに“夏端月惺”のことを探す彼女に、今の状況を何とか伝えて落ち着かせる。初恋の彼女がもう居ないことや、兄さんのことは黙っておいた。
「へぇー…、私設武装組織ソレスタルビーイング、ねぇ…」
未来の自分が世界で戦っているのが意外だったのか、僅かに声を洩らす。
昔の惺は、今の惺とはだいぶ印象が違った。
隣に居たアニューも同じことを思っていたらしく、「…なんか、どう接すればいいのか困るね」と、俺に向かって苦笑した。
まったくだよ。別人過ぎて心底困る。

「ガンダムって言うの?見せてよ」
よく喋って、よく笑う。本当に可愛らしい女性だった。
(何がどうなって、今のポーカーフェイスな惺になったんだ…)
その理由を知りたいけれど、怖くて聞けない。
皆の顔色を伺うと、誰もが困惑している。
惺がソレスタルビーイングに来た時からずっと一緒だった奴らは、あまりのショックに、真っ青になっている。

「…俺がトレミーを案内してやるよ」




2016.03.21

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