王留美の隠れ家にて、マイスター達は次のミッションに備えて休息を取っていた。
ご飯を食べたり、睡眠をとったり、指示が出るまで各々が好きなように過ごしていた。そんな中、惺は一人、王留美の書斎で読書をしていた。
静かな空間にページを捲る音だけが響く。書斎、と言うには大きすぎるそこは、図書館と言っても過言ではなかった。惺は何冊目かの本を読み終え、棚に戻した。
(…次の本は何にしよう)
辺りを見回して良さそうな本を探す。読むスピードの早い彼女は、近場の本棚はほぼ見終わってしまったようで、少し歩いて興味の沸きそうなタイトルを探した。
(…心理学か、)
棚の上の方にある分厚い本が目に入った。この手の本は進んで読もうとはしてこなかったから、この機会にさらっと読んでみようか、と手を伸ばす。
(届か、ない…)
背伸びして思いっきり手を伸ばすが、僅かに背表紙に触れただけで取ることは無理だった。
(んー…っ、)
少し歩けば踏み台があるから、それを使えば良いのだが、妙な闘争心のようなものが沸き上がってしまい、踏み台を使ったら負けのような気がした。
今日に限って、ヒールでも厚底でもないぺたんこの靴をはいてきたことを恨む。
「もう、少し…っ」
思わず声を出した時、
ふっ、と影が出来る。そして背中に温もりを感じた。
人の気配に気付かなかったことにビックリして、固まる惺。動けない彼女を余所に、後ろからヌッと手が伸びてくる。その手は、惺が結構な時間を費やして取ろうとしていた心理学の本を軽々と取ってしまった。

「…台を使えばいいのに」

笑いを堪えた声が上から降り注いだ。惺は振り返る。
「刹那…、お前わざと気配消してただろ」
珍しく不機嫌な表情を浮かべて彼に向き直った。刹那は「悪い」と口では謝ったが、その顔は微かに笑っている。
「一生懸命取ろうとしてたのが、ちょっと面白くてな」
分厚い心理学の本を惺に手渡す。「これで合ってるか?」と問うた。
惺は小さく頷いて本を受けとると、彼をゆっくり見上げる。
「…この間までは、おれの方が身長高かったのにな」
いつの間に、こんなにも成長したのだろう。
「まあ…男だからな…」
苦笑しながら惺を見下ろす刹那。弟のようだった彼が、今では立派な男性だ。
「時の流れは早い…」と感傷に浸る惺。
それに対し「年寄りくさいぞ」と告げると、彼女はいじけて背中を向けてしまった。
本棚に向き直り、渡された心理学の本をペラペラと捲り始める。ザッと流して読んでいるが、おそらく彼女の頭の中には入ってるんだろうな、と思いながら、刹那は、その小さな背中を後ろから抱き締める。
「…お前は…こんなに小さかったんだな」
いつも刹那が見上げる側だった。包まれる側だった。
姉のような彼女。その腕に守られてきた。
あの時は逞しく見えていたその腕は、今ではすっかり華奢に感じる。
時の流れはこんなにも二人を変えた。
惺は彼に気付かれないように小さく微笑むと、回されていた手に自らの手を重ね合わせる。
静かな空間のなかで、二人の吐息だけが響いた。
「もう、昔とは違う。守られてばっかだった俺じゃない」
今度は俺がお前を守る、と言いたげに見下ろす刹那。
「成長した刹那には、今のおれが余程頼り無く見えるようだな。もしかして、これからは刹那がおれを守ってくれるのか?」
僅かに余裕を浮かべた笑みで告げる。何も返せない刹那に、追い討ちをかけるかのように、見上げて「刹那?」と名を呼ぶ。
その瞳に言い様のない感情を覚えた刹那。
思わず肩口に顔を埋めて強く抱き締める。
「うるさい…」
ボソリと小さく呟く刹那に惺は気付かれない様に再び笑みを洩らした。
(今日は珍しく甘えん坊なんだな)
ペラペラと本の続きを捲る。
開いたページには行動や仕草で分かる心の距離について記されていた。
(ふぅん、パーソナルスペース、ねぇ…)
動物で言う縄張りのような領域だそう。
もう、何回目か分からない。今日は本当によく笑う日だ。

(こんなに密着してたらパーソナルスペースも何もないよな)

二人は、暫くの間、ずっとそうしていた。




2016.03.21

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