「なんか…どっと疲れたな…」

ガンダムマイスターとフラッグファイターのおれ達の複雑な関係を、気を遣ってくれたのか否か、グラハムは、あまり顔が見えない映画館に連れていってくれた。
普段、映画を観る機会も余裕も無いおれ達。
久しぶりに観ると言うわけで期待していたのだが、面白そうな映画は特に無く、適当にポスターの雰囲気で選んだ映画がサイエンスホラーと言う最悪のパターン。ガンダムに乗って戦場をかけているとはいえ、血なんて自ら進んで見ようとは思わない。大画面でド迫力のグロテスクな映像を、軽く吐き気を催しながらも律儀に見ていた。
…前半は。

実は後半から、全く記憶が無く、どうやら、グラハムの肩を借りて眠っていたらしい。

「悪かったな。肩借りちゃって」
グラハムの口からどっと疲れたなんて出る位だ。かなり体重をかけてしまったのだろう。ロックオンと喧嘩してトレミーを飛び出した日から、全く睡眠を取っていなかったから、彼はさぞ迷惑しただろう。
自覚はしているが、おれはかなりの頻度で夜に眠れなくなる。そんな時は大抵ロックオンかティエリアと一緒に寝てもらったりしていたのだが、運悪く、今それと重なってしまったらしく、昨夜は一人でずっと膝を抱えてボーッと月を眺めていた。
当然の如く寝不足に陥ったおれは、映画館独特の暗闇で、直ぐ隣に感じるグラハムの気配に、情けなくもあっさり眠りに落ちてしまった。
グラハムは先程の映画の半券を見詰めながら苦笑する。
「肩くらい幾らでも貸すさ。私が言ったのは別の意味だ」
肩を貸して疲れたんじゃなかったら何なんだ。映画の内容か?
「そんなに精神的にキたのか」
後半は見てなかったから、全く分からないが。グラハムはおれに向き直って「ああ」と微笑んだ。そして、耳許で、囁く。

「…あんな暗闇で、惚れてる女性に密着されたら、色々な意味で精神的にクる」

「………っ、!」
思わず耳を押さえて後ずさった。
うなじから背中にかけて、寒気なのか戦慄なのか、よく分からない何かが駆け巡る。
「君はたまに酷く無防備過ぎる」
言葉の出ないおれを見て、苦く笑って半券をポケットの中に大切そうにしまったグラハム。
「君を好いている男の前で寝顔を晒したのもそうだが…、それ以前に、ユニオンのフラッグファイターである私の前で、無防備に眠りこけるなんて…。そんなガンダムマイスターは、君くらいだろうな」
「………今日はたまたまだ」
「ほう、なら今日は運が良かった」
「………。」
「今回たまたま運が良かっただけだとしても、そんな君の態度を見てると嬉しく思ってしまう。敵同士だけど、そこそこ信用はしてもらえてるんだな、と」
年上の余裕だろうか。
グラハムは機嫌が良さそうに見える。
「………。」
「惚れた弱みだな。フラッグファイター失格だ」
科白とは裏腹に、その顔は嬉しそうだ。
「おれだって……」
ガンダムマイスター失格だ、と、聞こえないようにボソリと呟く。何故だろう、ロックオンの顔が脳裏に浮かんで責められているような気がした。
(もう縁を切られたんだ…あいつは関係ないのに…)
下唇をきゅっと噛み締めると、グラハムが僅かに屈んで下から覗き込んできた。
「………惺、」
「なっ、なに…」
「しばらく匿ってくれというさっきのお願いの返事なんだが…」
ゆっくりと、おれの頬にグラハムの掌が添えられる。
どくん、と心臓の鼓動が一際大きく聞こえる。スローモーションで、彼の唇が開いて、息をすった、刹那、


「…―――惺ッ!!!」

ロックオンの、声が。


(え、嘘だ…っ!)
幻聴か、と目を見開く。そして、声のした方向を視線で辿る。そこにはロックオンの姿。幻聴だけじゃなく幻覚まで見るようになったのかおれは。
しかし、目の前のグラハムも、視線は同じ所を向いている。
そして小声で「彼は君の知り合いか」と訊ねられて、漸く、本当にそこにロックオンが居るのだと理解する。
「まずい…っ」
しかし、おれの脳内はただそれだけだった。
早足で人混みを掻き分けて近付いてくるロックオンに、冷や汗が流れる。
今は会いたくない。見たくない。声だって聞きたくない。
おれを拒絶したのに、勝手にフェルトの味方について怒った癖に、今更なんで追い掛けて来たんだ。
「悪い。おれ行かなきゃ…!」
グラハムに早口で謝る。彼は苦笑しながら「私が何とか誤魔化しておこう。安心しろ」と、おれの背中を押した。
「本当にごめん!」
バタバタと駆け出そうとして、一瞬足を止める。
グラハムを振り返って一言。
「今度はもっと面白い映画にしようか!」
グラハムは、一瞬だけ目を見開いたが、直ぐに柔らかく微笑んで見せた。
それを捉えたおれは、振り返らずにただ走った。







「…――てか、どこに居るんだよ惺…」
ミッションを押してまで惺を探しに出たのに、一向に彼女は見つからない。
思い付いたところには全部行った。彼女の故郷にも行ったし、そこにある彼女の初恋の子の墓にも行った。王留美の元も訪ねたし、日本にある彼女のお気に入りの飲食店だって覗いてみた。
でも、惺の気配すら感じられなくて、俺はいよいよ焦っていた。
(頭を働かせろ…惺が行きそうなところ…)
ぐるぐると考えを巡らせる。
(もう思い付いたところ全部行ってやる…)
自分の恋人なのに、彼女が行きそうな場所すら当てられないなんて。俺は僅かに痛む心中に気付かないふりをして惺を探し回った。
そして、何ヵ所目だろうか。ひたすら惺を探して回って、取り敢えず米国にある彼女の隠れ家付近を探していたら、漸く彼女の後ろ姿を捉えた。
(あいつ…っ!)
と、大声を上げて駆け寄ろうとした刹那、俺の足はピタリと止まった。
惺一人じゃない。
(誰なんだ、その男は)
妙に愛しそうな感情を孕んだその視線で惺を見詰める。男の指先が惺の頬に触れた。何を、いったい、何をする気だ。
さながら接吻の如く。
俺は思わず彼女の背中に向かって余裕無く叫んだ。

「…―――惺ッ!!!」

振り返った彼女は、俺を見るなり目を見開く。そして、あろうことか逃げ出してしまった。
(マジかよ!)
急いで追い掛けるが、彼女の背中は直ぐに小さくなる。
「―――待てよ!惺ッ!!!」
駆け寄った頃にはもう彼女は完全に人混みに紛れて逃げ去っていて、一緒に居た知らない金髪の男がそこに立っているだけだった。

「あんた、彼女の何なんだ。彼女は何処に行った?」
息を切らしながら問い詰める。
よく見れば相手は俺より年上のようで、必死に追い掛けて来た俺を何処か微笑ましそうに見詰めている。その余裕な態度が何だか妙に苛ついた。
「私には彼女の行き先は分からないな。私はただ、カモフラージュにと、彼女に金で買われただけなのでな」
懐から紙幣を取り出してヒラヒラと俺の目の前に差し出す。
カモフラージュって何だ。二人以上じゃなければいけない所にでも行っていたのか。
(それに、惺が去る間際のあのやり取り…)
相当心を砕いている人じゃないと、彼女は触れさせてすらくれない。
なのに、目の前の男は、頬に手を寄せて、あんな距離で…。
そもそも、本当に他人同士なのかも怪しい。
「本当に知らないのか?」
「知らない」


「知っていたら私だって追い掛けたいくらいだ。あんな可愛らしい子…」


何だろうか、その科白が、妙に俺の癪に障った。




2016.03.21

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