…おれの恋は呆気無かった。

米国の隠れ家の近くにある橋の上で、おれは川を見詰めていた。
いつだったか、この川にこの橋から飛び降りて死にかけた事があった。その時の光景を思い出して更に気分が下がっていく。悪い時には悪い思い出ばかりが頭に過る。こんな相乗効果は要らない。
「だいたい、何だよ。今回に限って妙に突っ掛かってきて…」
川底を睨み付けて文句を洩らす。理不尽過ぎてもう悲しさより怒りの方が勝っていた。
ロックオンは、フェルトにはいつも優しくて甘いのに、おれにはこうやってキツイんだから。
「もうやってらんねー」
思わず吐き出した時だった、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「何がやってられないんだ?」
振り返らなくても分かる。
「ちょっと色々あったんだよ」
振り返った先にあった眩しい金髪に目を細める。声の主――グラハム・エーカーは、小さく笑いながらおれの隣に歩いて来た。
「君の後ろ姿を見付けて、またここから飛び込むんじゃないかと肝を冷した」
「もうしないよ。したい気分だけどな」
行き場の無い怒りが爆発しそうで、ここに飛び込んで頭を冷やしてやりたい。
グラハムは「ははは」と笑うと此方を覗き込んできた。
「いつもは冷静な君のこんなに不機嫌な様子は珍しいからな」
完全にからかってる。
「こっちは金輪際関わらないって言われて振られたのに…」
ボソリと呟く。
正確には振られたのかは分からないが、金輪際関わらないと言われたってことは振られたも同然だと判断した。呆気無かった…。いつものように振る舞っただけなのに、何が彼を怒らせたんだ。
思考の追い付かないまま、ただ本能のままにガンダムを奪って出てきて、まるで家出みたい。
突然恋人から関わらない宣言されると、人は悲しむより先に怒ってしまうんだな、とちょっと冷静な自分が苦笑する。
グラハムは先程のおれの科白は聞こえなかったようで、「ん?」と聞き返してきたが、「別に」と言って目を逸らした。聞こえていない方が有難い。
と、ここで、突拍子もない考えが降ってくる。
「なあ、お前の所にしばらく住ませてくれないか?」
「はっ、?」
目を丸くして「何を言っているんだ」と言いたげにおれを見下ろすグラハム。おれだって、本来ならば敵である彼にふざけた頼み事をしてる自覚はある。
「もう一度聞いてもいいか?」
聞き間違いかと思ったらしい。顔を引きつらせて言葉を返した彼に再びお願いする。

「おれを、匿って」

ぎゅ、と彼の服の袖を掴むと、彼の身体が僅かに震えた。
「わ、私は…、」
「お願い」
自分でも必死な声が出てしまったと恥ずかしくなる。
グラハムは、困ったように顔を片手で覆うと、「しばらく考えさせてくれ」と絞り出した。だよな。それが当然の判断だよな。おれ、ガンダムマイスターだし。
「取り敢えず、そこら辺を散策でもしながら考えよう」

返事はそれからだ、と、彼は困った顔で、しかし、何処か嬉しそうな顔で、笑った。





信号も通信もすべて向こうから遮断されているらしく、惺の居場所は全然分からなかった。
普段、何を考えているのかも分からない彼女。当然、クルー達は彼女が行きそうな場所も知らなかった。
情報が皆無だった。
「このまま惺が帰って来なかったら…」
小さな声でフェルトが呟いた。
「気にするな」と言ってやりたいが、俺が原因なだけに、何も言えない。
(てか、どうするつもりなんだよあいつ…)
勝手にガンダムを使って、小さな子供がする家出みたいに。
溜め息をつきたいところだが、ティエリアがものすごい形相で睨んでいる。
「…あなたのせいだ」
「惺だって悪いじゃねーかよ」
盲目的に溺愛しているティエリアに、こんなこと言っても聞いてくれないとは分かっているが、つい言い返してしまう。
案の定、怒涛の反論がティエリアから繰り出される。
「だいたい喧嘩の理由が馬鹿げてる。惺の性格は元々あんな感じなのに、何故今さらになってそこを突っ込んだんだ」
仮にも貴方は惺の恋人じゃないか、と付け加えて。
「だけどよ、フェルトが惺に嫌われてるかもって不安がってるってわかったらさ…」
「はぁ…」
ティエリアの大きな溜め息。
「それは本人同士で話し合えばいいのに…。何故貴方が首を突っ込んで…」
あまりのショックと怒りで言葉が続かないらしい。
僅かな沈黙。
「でも…」
しかし、その沈黙は刹那に破られた。
「恋人のロックオンが他の女を思いながら惺を怒ったのは、惺からしたら悲しいだろうな」
「………。」
正直、そこまで考えていなかった。
どうしてそんなに無愛想なのか。フェルトに優しくできないのか、とそれしか考えていなかった。
「…あいつは頑固だから、簡単には帰って来ないだろうな」
刹那の元気の無い声が、俺の心を深く抉った。
「俺…、惺のこと…探してくる…」
立ち上がる。皆は小さく頷いた。きっと予想していたのだろう。
「早く行ってくれないか。僕は惺の顔が見たくて仕方無い」
ティエリアの急かす科白。だが、後半の言葉はちょっといただけないぞ。



2015.10.02

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