少し蒸し暑い。日差しがガンガンと照り注ぐ。風が生温い。滴る汗。首もとに髪の毛がへばりつく。
『…でも、この季節は嫌いじゃない』
いつだったか、そんな風に告げた彼女が、本当に穏やかな表情をしていたから、今度来る夏には、彼女に素敵なものを見せてあげようとずっと密かに心に誓っていたのだ。

「…なあ、惺」
「?」
誰も居ない食堂内。他のマイスター達は一足先に食事を終えたらしく、この場には、遅い夕食についた俺――ライル・ディランディと、同じように遅い夕食を食べに来た惺・夏端月の二人だけだった。
食事を終え、特に何をするでもなくゆっくりと過ごしていた俺達だったが、今日は特別な日だったことを急に思い出した俺は、然り気無く惺を呼んだ。何時もの如く、無言、無表情の彼女。しかし、俺も慣れたもんで、特に気にすることもなく「あのさ」と会話を続けた。
「このあと、何か予定とかあるか?」
「…別に無いが…」
どうしたんだ?と問い掛けられる。
「ちょっと日本に行かないか?」
「…今から?」
「今から」
急すぎて戸惑っているらしい。惺は再び無言モードに切り替わる。
「ガンダムでちょっと出掛けようぜ。ミス・スメラギには俺が言っとくからさ」
惺に、見せたいものがある、と言って。
彼女は、僅かに渋っていたが、最終的には頷いてくれた。
「よし決まりだな。ミス・スメラギから許可とって来るから、アンタはケルディムのとこで待っててくれ」
そう告げて、急ぎ足で許可をとりに行った。







ケルディムに乗り込み、日本へと向かった俺達。向かっている間は終始無言だった。恐らく惺は俺が何処に連れて行く気なのかずっと考えているのだろう。
目的地付近に来ると、光学迷彩でガンダムを覆い隠し、地上へと降り立った。外はすっかり暗くなっていた。しかし、夏と言う季節もあってか、夜と言えども僅かに暑い空気が駆け抜ける。張り付く自分の髪の毛は鬱陶しいが、惺の髪の毛が僅かに張り付いているのを見たら妙に興奮した。「あっち…」と呟く。髪の毛を掻き上げて俺を振り返った。
「そろそろ何処に向かっているのか教えてくれよ」
痺れを切らした惺が問う。俺はニッコリと笑って「もうすぐだから」と彼女の手を引いた。
「そこの角、曲がったら分かるぜ」
少し早足で目的地へと向かう。一歩、一歩。もうすぐ見える。彼女に見せたかったものが。

「…――――っ!」

刹那、惺は足を止めて固まった。
瞬きを数回。そして、飾られたたくさんの“それ”をゆっくりと見上げた。
「…綺麗だろ?」
「…うん」
惺は、その光景に見入っていた。
「今日はな、七夕つって、星が凄く綺麗に見えるんだ」
あそこ見ろよ、と、空を指差す。
「あれは天の川。夫婦の織姫と彦星が一年に一度、あの天の川を挟んで会うことが出来るんだ」
惺は「すごいな」と呟いた。
「で、短冊に願い事を書いて、笹に飾るんだ。そして星に願う」
指先を天の川からたくさん並べられている笹に移動する。実は、今日、ここで七夕祭りが開催されていて、やって来た人々は設置されている何も書かれていない短冊に自由に願い事を書き込み、笹に飾ることが出来るのだ。
「俺達も、星に願おうぜ」
近くにあった短冊とペンを拝借。惺はジッと俺を見詰めていた。小さい声で「星に願う、か」と呟き、空を見上げた。
(きっと、思うことがあるのだろう)
惺が愛した兄さんは、あの宇宙[そら]で亡くなり、星になったのだから。
暫く何かを考えていたのか、身動きひとつせずに空を見上げたままだった惺。数十秒程経った後、俺に向き直り、「書くか」と僅かに苦笑した。
「願い事は何でも良いのか?」
「ああ。ほら見ろ、他の奴らはあんな感じ」
健康を祈願するものやら、将来の夢の成就を願うものやら。中には恋人を募る短冊まであった。本当に何でもアリだな、と惺は苦笑する。
「何でもアリなら、おれの願いは決まってる」
暫く悩むかと思いきや、直ぐに願い事を決めた惺。意外に思って見ていると、ジトリと睨まれた。
「……見るなよ」
そう言って、俺から離れて短冊に願い事を書きに行く惺。そんなに願い事見られるのが恥ずかしいのか。なんだよ、可愛いな。しかし、見るなって言われたら見たくなるのが人間の性。
「バカッ!来るなって!」
「いーじゃん見せろよ」
後ろに回って盗み見る。もう少し。くそ、見えね。
書き終わった惺は、短冊を素早く後ろに隠す。
「それ寄越せよ!」
「絶対見せない!」
暫く競り合いが続く。
これは長くなりそうだ。
こうなったら実力行使。
惺の腕を掴み、自分の方へ思いっきり引き寄せた。勢い良く胸に転がり込んできた彼女を抱き留め、油断している隙に瞬時に短冊を奪った。
水色の短冊。
何が書かれているのだろうか。ひょい、と裏返し、覗いた。
「おいアンタ!母国語で書くのは狡いぞ!」
「残念だったな」
ニヤリ、と、意地悪な笑みで見上げる惺。畜生、これじゃ読めねぇ。諦めて短冊を彼女に返す。
「アンタの方が一枚上手だったな」
そう言って、俺も短冊に願い事を書く。
惺は、そんな俺を見ると、近くの笹に自分の短冊を飾り付けた。
控えめな街灯と、綺麗な星明かりに照らされた色とりどりの短冊は、美しく幻想的だった。
「…ライルは何て書いたんだ?」
「アンタが教えてくれないなら俺も教えねー」
見られないように、頭の上に掲げて、素早く笹に飾り付ける。「お前、意地が悪いぞ」と批難の声が聞こえるが無視だ無視。自分は内緒で俺のは見せろなんて通用しないぜ。
(まあ、惺の事だから、星空に何を願ったのかは容易に想像出来る…。きっと、)

…――皆が、笑顔になれるように。

そんなとこだろう。
惺は、僅かに不機嫌な表情で此方を見上げている。反比例して、少し気分が良くなる俺。
「…叶うと良いな。アンタの願い」
「お前のもな」
ニッ、と笑う惺。
そんな彼女の笑顔に、少しばかり申し訳無く思い、ばれないように笑みを浮かべた。

実は、俺が短冊に書いたものは、願い事でも何でもない。

「さ、トレミーに戻ろうか」
「そうだな」

ふわり、と風に短冊が揺れる。


…――兄さん、見てるか。
兄さんの大切なひとは、俺の隣で元気にしてるよ。
でも、これから色々大変な事がたくさん起こると思う。
だから、どうか、兄さん、惺を、空から見守っていてくれ。




2014.06.28

- 65 -

[*前] | [次#]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -