「では、」と告げて去っていった惺・夏端月のクローンの背中を、グラハム・エーカーは何とも言えない気持ちで見詰めていた。あんなに愛していたのに、そんな彼女はもう居ないなんて、と。
覚悟はしていたのに、指先が震える。もう、この腕に抱く事すら出来ない。

そんな、彼の後ろ姿を、同様に見詰めていた人物が一人。
「…――怖いくらい似てるよな」
グラハムの後ろから声をかける。グラハムはゆっくりと振り返り、「君は?」と問うた。
「ロックオン・ストラトス。ガンダムマイスターだ」
そして「あんた、グラハム・エーカーだろ?」と続ける。
「ああ。そうだが…、何故、私の名前を…」
「惺があんたの事を話してた」
グラハムは、クローンの去っていった方向を振り返った。ライルにはその意味が分かったのだろう。「ああ、違うよ」と言葉をかけた。
「今会った彼女じゃない。本物の惺の方が、あんたの事を話してた」
その科白に、グラハムはピクリと反応した。
「…惺が…私の事を…」
敵である私の事を、彼女が仲間に話してたのか、と僅かに驚く。どんな事を話してたのだろうか。あいつは要注意人物だ、なんて事を話してたのだろうか――想いを馳せる。
ライルは僅かに苦笑すると、「アイツ、あんたの事、相当信用してたみたいだ。俺が敵と馴れ合うのを止めろと言っても頑なに譲らない」と告げた。
「“敵だけど、あいつだけは、きっと殺せない”――ってな」
グラハムの目が見開かれる。その大きな瞳にライルの困った顔が映り込む。
ライルは、その揺れる瞳に、彼の惺に対する愛を垣間見た。
小さく呟かれる。「私だって…彼女だけは…殺せない…」と。
そして、静かに苦笑しながら、

「…愚かだろう?…敵なのに、愛していたんだ…。」

ライルは、小さな声で「知ってるよ…」と答えた。
「あの日…、回線繋ぎっぱなしだったからな。あんたの惺への愛の告白はソレスタルビーイングの皆に筒抜けだ」
「…ハハッ、それは困ったな。とんだ公開処刑だ」
グラハムは声を出して笑った。しかし、目だけが笑っていないことにライルは気付いていた。
そして、不意に訪れる沈黙。
ライルもグラハムも虚空を見詰め、一言も発しない。
二人は気付いていた。お互いに同じ女性を思い浮かべていることに。
何れ程の時が経っただろうか。時間にしたら数十秒だろうが、永遠のようにも感じられた沈黙の中、小さく紡がれた言葉は、たったひとつの真実だった。

「…惺に…、もう一度、会いたい…」

君もそう思うだろう、と言いたげにライルを見詰めて。
「…彼女の死に際は…どんなのだったんだ…?」
クローンの彼女には気まずくてどうしても訊けなかった、と言いながら。
ライルは苦笑を浮かべた。
「アイツらしい最期だった…。」
「…そうか」
「あの戦いに挑む少し前から身体の調子が良くなくて…、何度も吐血を繰り返していた。終いには目が見えなくなって…。それでも、ガンダムマイスターとして戦うのを止めなかった。大切な人が望んだ、平和な世界を実現する為に」
「……。」
グラハムは静かに聞いていた。
「……彼女らしいな、本当に…。」
ぎゅ、と拳を強く握り締める。
「…しかし、こうして彼女の死に際を聞いても…、やはり惺が死んだなんて嘘じゃないかと思っている自分が居る…。惺が死んでしまったなんて、実感がわかないな…」
つぅ、と、一筋の涙が彼の頬を伝う。
「こんな風に、二度と逢えなくなるくらいなら、逸そ無理矢理この腕に閉じ込めてしまえば良かった…」
何度そうしようと思ったか。何度そう願ったか。そして、小さな声で、グラハムは続けた。

「まだ…こんなにも…惺を愛しているのに…」

その悲痛な声は、ライルの心に切ないくらいに突き刺さった。
自分も同じ気持ちだ。
こんなにも彼女の温もりを求めているのに。絶対に叶わない願い。願えば願う程、現実が心臓を握り潰す。
「…罪なやつだな…惺は…」
冗談まじりに笑い飛ばそうと言ったのに、悲しみのせいか、声が震える。ライルのそれはグラハムにも伝わったらしく、彼も同様に震えた声で「本当に…、まったくだ…」と答えた。


「…しかし、まさか、こうしてソレスタルビーイングと共に戦う事になるとは思わなかったな…」
「俺達も思わなかったさ」
「だろうな。しかし、今なら分かるよ。惺はずっとこうなる事を望んでいたのかも知れないと。いつか、こうして分かり合い、共に手を取り合う事を願っていたのだと」
グラハムは笑った。今度は心からの笑顔だった。
涙の跡はもう頬から消えていた。
ライルもつられて笑う。「あんた、スゲェよ」と。そして思う――惺が、信じたくなる訳だ。そしてあの日、彼女を叱った自分を僅かに悔いた。

「本当に、馬鹿みたいに真っ直ぐな人間なんだな」
「何だそれは」
「惺が、あんたの事をそう言ってた」
「馬鹿みたいに真っ直ぐ、と?」
「ああ」
正確には“馬鹿みたいに真っ直ぐだから、信じたくなる”だが、意地悪して最後まで言わなかった。
グラハムは「…そうだろうか?妙に腑に落ちないが、取り敢えず誉め言葉として受け取っておこう」と告げ、腕時計を確認する。
「さて、私はそろそろ行かなくては」と言ってライルに向き直った。
「貴重な話を聞かせてもらった。礼を言う」
「俺は特に何もしてないさ」
お互いに笑い合う。

「――さぁ、最後の大仕事だ。愛する彼女が望んだ世界を完成させる為に、お互い全力を尽くそう。」

「言われなくても。」

二人は、それぞれ歩き出した。




2014.06.07

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