ブリーフィングルームにマイスター達が会す。俺――ライル・ディランディを含めた皆の表情は一様に僅かに厳しい。そして、その厳しい視線は、元凶である惺に向けられている。

「…何を言いたいのか、分かっているだろう?」

ティエリアが問い掛ける。何時もは優しさを孕んだ声で彼女を呼ぶのに、今の彼の声は優しさなんて感じられない程に冷たかった。
惺は肯定するように静かに俺達から顔を反らした。
「…さっきの、地球連邦のモビルスーツの男、」
ティエリアは責めるように続けた。
「…グラハム、と、君は呼んだな…?」
「……ああ。」
ここで初めて声を発した惺。しかし、責められていると言うのに、その声と瞳は思いの外真っ直ぐだった。まるで、後悔はしていない、とでも言うように。
「…四年前…、言っただろう…誰でもない君の最愛の人が…“敵と馴れ合うな”と」
惺の最愛の人――それは兄さんの事だ。彼女は、四年前、今と同じように皆から責められていたのだ。当時、俺はまだソレスタルビーイングに加入していなかったからどのような話し合いが行われて、どのような状況だったのか、全く分からないが、少なくとも明るい雰囲気じゃなかっただろうな、とは思う。とは言え、何故、真面目な惺が敵のフラッグファイターと親交があったのか。俺は何処か第三者のような気持ちで皆の顔を見詰めていた。しかし、怖いくらいに無表情の惺を見た瞬間、電流に似た何かが俺の身体を駆け巡った。
(自分の身が危険に晒されていると言うのに、どうして普段通りでいられるんだ…)
たちまち俺は第三者ではいられなくなり、思わず声を出した。
「…どうして敵のフラッグファイターと馴れ合う…?」
「……。」
「何とか言えよ…。否定すら出来ないのか…?」
惺は、俺の瞳を真っ直ぐ見詰めた。何かを喋る訳でもなく、ただ、じっと見詰めていた。このまま答えない気だろうか。
「…惺、頼むから何か言ってくれないかい…?そうしないと、僕達も納得出来ないよ…」
アレルヤの声が加勢する。その科白に、動きの無かった彼女に僅かに変化があった。
「…おれは……、」
静かに見詰める。惺は、彷徨わせていた視線を自分の強く握っていた拳に落ち着かせると、再び息を吸い込んだ。

「……あいつだけは…、きっと、殺せない」

ピクリ、と反応したのは俺だった。それこそ、ティエリアよりも早く。
「惚れてるのか?」
「違う。」
直ぐ様告げられた否定に安堵はすれども、ますます意味は分からなくなってきた。ならば、何故、そこまであのグラハムと言う男を庇うのか。あいつは何度も刹那に襲い掛かって来たではないか。誰よりも仲間を大切にしているアンタが、何故、そんな奴を擁護するような事を言うのか。
(わけわかんねぇよ…)
頭がごちゃごちゃになってくる中、隣のティエリアは何かピンときかけているようだった。腕を組みながら僅かに眉間に皺を刻んでいる。
「…四年前…あの時…、君は、彼を振り払えなかったんだな…。だからユニオンに潜入した時、君は…」
小さく呟かれた科白。
惺は「ごめん」と返した。
「敵だとは分かっていた…分かっていたんだ。危険だって。下手したら裏切られて身を滅ぼすかも知れないと。だけど、あいつが余りにも真っ直ぐ過ぎたから…、その仮面を剥いでやりたくなった…。仮面を剥いで、ボロボロに傷付けてやりたくなった。」
惺は虚空に向かって苦笑した。否、自嘲の方が近かったかもしれない。
「でも、あいつ、全然仮面剥がれねぇの。それどころか、おれにもおれの考えがあってソレスタルビーイングに居るのだろう、って言いやがった…。おれさ、もう負けたって思った。あいつには仮面なんて無かったんだ。本当に、真っ直ぐな、馬鹿だった…」
涙こそ出ていなかったが、彼女の言葉の最後は、僅かに掠れていた。
「…、何があっても、おれを、裏切ることなんて、無かった…」
その言葉に、ティエリアがハッとした。小さな声で「惺…」と呼び掛ける。
「…君は…確かめたかったんだな…」
「ティエリア…」
惺が困ったような顔を浮かべてティエリアを見詰めた。そして「…ああ、そうかもな」と答えた。
ティエリア、アレルヤ、刹那、そして俺、と、ゆっくり見回した後。「本当に、悪かった」と。
「でも、あいつは、絶対におれを裏切らない。戦わなければならなくなった今でさえ、汚い手を使わずに真っ直ぐ挑んで来ている。さっきの刹那との戦いのように」
惺は言った真っ直ぐな瞳で。

「四年前に言った事と変わらない…。グラハム・エーカーは、おれにとって、信じたい人間…いや、信じている人間の一人なんだ」

「もう、この話は終わりな」と続けて、半ば強引に話を終わらせた惺。しかし、納得出来ない。
どうしても、納得出来ない。敵の男を、そんなに信用する意味が。
「アンタ…おかしいぜ…」
思わず吐き出した言葉。彼女は何時もの無表情を張り付けて俺を見返した。
「普通なんかじゃ、到底いられない」
どういう事だろう。
「普通なんかじゃ、この心はあの日のように壊れてしまうから」
その眼差しは、俺の知らない光を帯びていた。
「あの日…っ、て、何…?」
意味が分からない。
横でティエリアが制止する声が聞こえたが、俺も惺も止まらない。退くタイミングを失った俺達は、互いの瞳の奥を探りながら言葉を投げた。そして、

「…――おれが、死んだ日だよ。」

彼女の、そんな意味の分からない科白を最後に、会話は途切れた。
(死んだって何だよ…目の前に生きてるじゃねぇか…)
やっぱり彼女の事は分からない。ソレスタルビーイングに来てから、結構な時が経ち、共に過ごしてきたと言うのに、彼女の事だけは全く理解出来ない。皆も、彼女の事をひた隠す。まるで、お姫様でも守るように。

「もう、知らね…」

投げ捨てるかのように考える事を止めた。




2014.06.05

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