眠れずにベッドから抜け出した。

先程まで激しい情事が行われていた事など微塵も感じさせない部屋。ただ、一つ何か挙げるとすれば、そのベッドにアニューが疲れ果てて眠っていると言う事だけか。
俺はゆっくりと上着を羽織った。アニューとこのような行為をするのは初めてじゃない。何度も何度も身体を重ねた。その度に、こうして眠れなくなる。ごめん、と罪悪感で胸いっぱいなる。だって、俺は、彼女を心の底から愛してはいない。別の女を愛していながらも、彼女を利用して欲を吐き出しているのだ。最低な男だ、俺は。
アニューを置いて部屋を出る。展望室で気持ちを落ち着かせたいところだが、王留美の隠れ家に居る今は展望室に行ける訳でもなく、ただ薄暗い廊下を何と無く歩き続けた。コツ、コツ、と、俺の足音だけが響く。それが、妙に虚しさを助長した。
暫く歩いていると、広間の前を通った。そう言えば、この広間には一度も行った事がないな、と軽い気持ちで覗いて見る。

その先には、大きな柱に背中を預け、手持ちぶさたに銃を弄っている惺が居た。
何時も使っている銃ではなく、少し古びた真っ黒な拳銃。リボルバータイプのもの。彼女はあんな銃を持っていたか、と一瞬だけ考える。そのまま、どうしようか、と、立ちすくむ俺に対し、惺は、カチ、カチ、と、頻りにトリガーを引いている。どうやら銃弾は入っていないようだ。銃の調子を確認しているのだろうか。よく分からない。
普段は気配に敏感な惺も、今ばかりは気を緩めているらしい。俺が見詰めている事にも気付かない。ずっと、カチ、カチ、カチ、と、トリガーを引いている。
壊れたマリオネットのように。
虚空を見詰めて、静かな空間に、空の銃声だけが響いている。

不意に、惺が動かなくなった。いきなり訪れる静寂。
何分程そうしていただろうか。惺は再び銃を弄りながら小さく呟いた。
「…狙い撃つぜー……、…なんてな」
苦笑いをひとつ。
その表情に、俺は彼女が何を考えているのか気付いてしまった。
あれは、兄さんの真似だ。兄さん、の。だって、俺は、あんな風には言わない。
カチャン、と、銃が床に落ちる。力が抜けたように、掌から銃が離れた。カラカラ、と、床を滑る銃を、俺達は呆然と見詰めていた。真っ暗な空間に、月明かりがはっきりと惺を照らし出す。
惺は、前髪を乱暴に掻き上げた。
「…どうして…っ、」
か細い声で。
その頬に、幾筋も涙を流しながら。
「……こんなにも…っ、愛しているのに……っ!!!!」
絞り出した声は、俺の心臓を貫いた。やっぱり、彼女は、兄さんを思って眠れなかったんだな、と。
惺。俺だって、アンタをこんなにも愛しているのに、アンタはずっと兄さんしか見ていない。最初から。そして、きっと、最後まで。
抱き締めたい。その涙を拭いたい。出来るなら、愛して欲しい。愛されたい。だけど、こんな俺じゃ彼女に触れられない。こんな、汚い俺。アニューを、他の女を、抱いた汚い俺。
惺はしゃがみこんだ。
夜中だからか、俺の存在に気付いていないからか、隠す事もせずに、何度も嗚咽を繰り返して。

俺は何処で間違えたのだろう。

彼女を慰めたいのに、
彼女を愛しているのに、

もう、そんな資格なんて無い。

静かな夜に、小さな嗚咽。
月だけが、俺達を見詰めていた。




2013.05.20

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