憂いを帯びた瞳で外を見据える。

深々と降り注ぐ雪を、ただ、じっと。
そんな惺の横顔は悲しげだ。その理由を、俺は知っている。

俺は雨が嫌いだ。理由は惺が泣いていた時に雨が降っていたから。雨が降ると、惺が泣いていないか心配になるから。そう、俺が雨を良く思っていないように、彼女は雪を良く思っていない。雪を見ると、“彼女”の死に際を思い出すから。
「……。」
彼女の横顔を見詰めながら、何て声をかけようか躊躇した。だって、今、惺の心の中は、俺の事なんかよりも“惺”の事でいっぱいだ。俺なんかが、声をかけたって、無駄なんだ。今は。
悔しい。
本当は、俺だけを見て欲しい。“彼女”の事なんて忘れて、俺だけを愛して欲しい。ガキ臭いって分かってる。大人の癖にって分かってるんだ。「今一番愛しているのはロックオンだよ」と言われて、幸せなはずなのに。それで十分なはずなのに。一番を欲しているのではなく全てを欲している、我が儘な俺がいる。
惺の、心全てが欲しい。
この雪よ、止んでくれ。
そうしたら、彼女は“彼女”の事を考えるのをきっと止めてくれる。

「惺…」
小さな声で呼んだ。届いただろうか。
「…なんだ…?」
小さい、と言うよりは、か細い、と言った方が相応しい。そんな声で、惺は振り返った。頬と瞳を確認する。良かった、泣いてない。
「…傍に行って良いか?」
「ああ。」
ふっ、と力なく微笑んで、彼女は再び瞳を空へと向けた。ほら、やっぱり、俺が隣に居ても、惺の心は初恋の彼女の事でいっぱいだ。
「……寒いな。」
ぽつり、と呟く惺。俺は「まあ、雪降ってるからな」と至って普通の返事。惺は「だよな」と、苦笑すると、小さく両手を擦り合わせた。指先が震えている。そんなに寒いのだろうか。
(いや、これは、)
寒いのではなく、怖がっているのだ。

「なあ、惺」
「ん?なん……っえ?」
惺が反応する前に、彼女の手を素早く握り締めた。びっくりして目を見開く彼女に、俺は思い切って言い放った。
「行くぜ!惺!」
「ど、何処に…っ」
「こっちだ!ついて来い!」
ぐいぐい、と半ば強引に彼女の手を引いて、深々と雪が降り続ける外へと飛び出す。
「おい!ロックオン!おれは外には…っ!」
「聞こえねぇな!」
「っ!うわっ!」
ぼすん、と積もった雪の上に押し倒す。冷たい。服の中に雪が入り込む。それでも俺は止めない。
「冷てぇ!何すんだロックオン!」
「愛してる。」
「はっ?!」
「愛してるよ。惺。」
「なん、っい、いきなり…っ」
困惑する彼女を置いてきぼりにして接吻を施す。雪の降る真っ白な世界の中で、場違いに俺達だけが色を帯びている。
「んっ…ぅ、ロックオ…っ!」
唇を割って舌を捩じ込む。唾液が滴るのも構わずに、ただ、夢中で惺の口内を貪った。
愛してるんだ。愛してるから、雪なんか、“夏端月惺”なんか、掻き消してやりたいんだ。
「…俺を…っ、見て…っ」
情けない言葉が接吻の合間に溢れ出す。
俺だけを、見て。
晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、雷の日も、風の日も、雪の日も、
ずっと、俺だけを。

「雪なんか見るな…っ、俺を見ろ…っ!」

惺は、一瞬だけ目を見開いた。
「ロックオン…」
雪で濡れた髪がスルリと落ちた。雪はまだ俺達を引き離そうと降り続けている。その、静かな空間に、やっと自分が何をしでかしたのか自覚した。
(俺、ガキみたいに、我が儘言って…)
何をしてるんだろう、そう思った刹那だった。
ぐいっ、と髪の毛を引っ張られて、口付けされる。唇に、軽く触れるだけのそれ。
「…ガキっぽいことしたな、って後悔してる?」
「……っ、」
直球の問いだった。恥ずかしくて頷くどころか声すら出ない。
「でも、おれは今、嬉しい。」
にっこり、と珍しく幸せそうに笑って。
「無理矢理大嫌いな雪の中に連れ出されて、押し倒されて、熱い接吻もらって…」
「…んだよ、バカにしてんのか…」
「違うさ。」
惺は声を上げて笑った。
「雪を見ても、嫌な事しか思い出さなかった。だけど、次からは、嫌な事を思い出した後は必ずきっとお前を思い出す。ああ、あの時、無理矢理連れ出されたな、って。押し倒されて、愛してる、って…言われたな、って。……それだけで、おれは救われる。それだけで、幸せになる」
さっきまで幸せそうに笑っていたのに、目の前の惺の笑顔は、何処か泣きそうな、不安定な笑顔だった。ああ、これだから、離したくなくなる。ずっと、こいつの傍に居たくなる。
「…ロックオン、寒い?」
「いや、寒くはない」
寧ろ、色んな意味でアツくなってきたんだが。
「つーか、お前の方が寒いだろ。雪の上に寝てるんだから」
何て酷い事をしたのだろうか、さぞ冷たいだろう、と思い、直ぐ様彼女を起こそうと身体を離した。しかし、惺は俺の手首を掴んでそれを制す。
「…ロックオンが、寒くないなら…、まだ、こうしていたい…」
それは、雪のように真っ白なお願いだった。
「もっと…ロックオンを感じていたい…。雪なんか…目に入らない程…」
潤んだ瞳で見上げられては、俺のなけなしの理性など、簡単にブッ飛んでしまう。
「…どうなっても知らないぜ?」
「良いよ。おれが許す」
静かに、微笑む。
ああ、もう、耐えきれない。

「夢中にさせてやるから、覚悟しな」

真っ白な世界で、俺達は再び抱き合った。




2013.05.14

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