日本にて。何時も気を張っていたら身体に悪い!とスメラギさんに連れられた先は何かのお祭りだった。
場所は良く分からない。だけどガンダムマイスターだとばれてしまったらいけないので、有名で大きなお祭りではなく、田舎のこぢんまりしたお祭りに皆で参加する事になった。
お祭りはニールの方のロックオンと一度行ったな、と過去の記憶を辿る。お祭り自体は楽しかったが、あの後が色々と大変だった。あれは、本当に、大変だった。
「なんで夏端月さんは着なかったんですかぁ…」
不意にミレイナが呟いた。着なかった、とは言わずもがな浴衣の事である。
「興味無い。それに、何かあったら浴衣じゃ行動しづらい」
適当に用意していた科白を吐き出す。浴衣を着て来なかったのはロックオンと約束したから。次にお祭りに来る時は浴衣を着て来よう、と。でも、彼が居なくなった今は、その約束は果たされる事なく胸の内に蔓延ったままだ。結局、浴衣は一度も着た事が無い。
ミレイナは「勿体無いですぅ」と言って、ジトォ、と此方を見た。何だよその目は…。おれは静かに溜め息をついた。
そう言えば、以前もこんなやり取りをクリスティナとした気がする。あの時は浴衣ではなく水着だったが。
女の子はファッションに煩いな、と思いつつ、思考を逸らすかのように、ぐるぐる、と屋台を見渡した。綿飴、クレープ、たこ焼き、焼きそば、金魚すくい、輪投げ…他にも色々な屋台が展開されている。
ロックオンと来た時は柄にも無くはしゃいでしまったな、なんて。
「惺、何か欲しいものはあるか?」
ティエリアが問う。おれは「んー…、今はいらない」と答えた。ティエリアは「君は祭りのような類いは初めてじゃないのか?」と、また問うた。そんな彼も浴衣を着ている(と言うか着せられた)。綺麗な彼は甚平じゃなくて浴衣の方が妙にしっくりくる。
「ティエリア綺麗」
「惺、僕の質問を聞いていたか?」
おれは「あはは」と声を上げて笑うと、こっそりと「ずっと前にロックオンに連れて来てもらった事があるんだ」と耳打ちした。
ティエリアは「成る程」と納得したようだった。

ロックオンとお祭りに来た時はすっかり忘れていたが、ここ、日本は“惺夏端月”が産まれた国でもあったな。育ちはおれと同じリーベだが(彼女曰く、両親が短期間日本に居た時に産まれたらしい)。
よく考えてみれば、彼女が何度か浴衣や着物を着ていたな、と過去を思い出す。
(確か、ピンクの浴衣で…牡丹がたくさんついてて…)

…―――刹那、

視界を掠めた牡丹。

「…―――――っ!!!?」
反射的に目で追った。ピンクの浴衣。牡丹の柄。黒髪や茶髪が多い中で、異端を放つようにキラキラと揺れる金髪。
「……、“惺”…っ、?」
思わずその名を呼んだ。自分の名であり、初恋の女の名でもあるそれを。
見間違いだ。他人の空似だ。彼女は死んだ。おれが殺した。頭では分かっているのに、瞳が言う事を聞かない。遠ざかる彼女を半ば無意識に追い掛けるおれの足。ゆらゆらと揺れている金髪を見逃さないように。
「待っ、て…」
情けない程に掠れた声。
手を伸ばしても、その鮮やかな牡丹には届かない。
気が付けば、追い付いては離され、追い付いては離され、を繰り返して、数十分が経とうとしていた。これでは立派なストーカーじゃないか、と思いつつも理性が徐々に崩れて来ている。
せめて、顔を見る迄は。帰れない。
ああ、やっぱり彼女じゃない、と、絶望に似た安心をさせてくれ。

瞬間、おれの足は止まった。
視線の先には男の姿。牡丹の浴衣は、手を振りながら男の元に駆けて行く。
ああ、そうだ。当たり前だろう。
頭の中で自分自身に突っ込んだ。分かってはいたのに、勝手に追い掛けて勝手に傷付いて、本当に無様だ。ロックオンが生きていた時は、こんな切なさを感じる暇も隙も無いくらいに幸せだったのに。
ぽっかりと空いた穴からは、虚しさが溢れる。
「ばかなおれ」
嘲笑をひとつ。おれは道のど真ん中で佇んでいた。
その刹那、
グイッ、と引っ張る大きな手。
いきなり左手首を掴まれて、引き寄せられたと思ったら、次の瞬間には逞しい腕の中に閉じ込められた。
「っ、探し、た…っ、すごく、心配した、っ」
息を乱して囁いたのはライル。
おれ、子供じゃないのに、ここまで心配しなくても、一人で戻れるのに。そんな言葉が出掛かったが、あまりの剣幕の彼に、つっかえて出なかった。
「急に、居なくなるなよ、っ」
未だに呼吸を整えているライル。彼は兄とは違って過保護なのかも知れない、と不謹慎にも思った。
「不安、なんだよ」
ぽつり、と生まれる言葉。
「片想いの俺は…、兄さんと違って、“惺は絶対に俺の所に帰ってくる”なんて、思えないんだよ」
ぎゅう、と力強く抱き締める。道のど真ん中だと言うのに。しかし、道行く人々は、お祭りの喧騒のせいで、おれ達なんか目に入りもしない。
そんな煩い世界の中に、何故かライルの言葉だけがいやに響く。
「アンタが…俺の所に帰ってくる自信が無いから、こんなにも、離れるのが、怖いんだよ…っ」
「ライル…」
その頭を撫でてやる。彼は「惺…」と囁いた。前言撤回しよう。彼は過保護なのではなく余裕が無いのだ。
「…ごめんな。」
その言葉が、“勝手に離れてごめん”ではなく、遠回しに“お前の想いに応えられなくてごめん”であると言う事に、きっと彼は気付いている。
「…ごめん、ライル」
再び紡いだその科白は、お祭りの喧騒に紛れて消えた。
お祭りの明かりに、彼の横顔が悲しそうに揺らめく。こんなにも似ているのに、こんなにも似ていない。
おれ達は悲しい程に滑稽だ。

「戻ろうか。皆が心配している」
ライルは「そう、だな…」と告げた。そして、直ぐに「なあ、惺」と続けた。
「…また、アンタが勝手に居なくならないように、手を…繋いで良いか…?」
おれは苦笑を浮かべた。表向きの理由だってバレバレだっつーの。

ゆっくりと手を差し出せば、悲しげな彼の表情が、一瞬だけ和らいだ気がした。




2013.02.25

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