惺の故郷にて。太陽の光が眩しく照り付ける気持ちの良い日に、俺とフェルトは彼女の墓参りへと赴いた。意外にも、フェルトはこの丘に来るのは初めてらしい。惺が最期まで乗っていた上半身しか残っていないボロボロのガンダム。その腕の中に守られている三つの墓を見て、フェルトが「幻想的ね」と呟いた。俺はその様子に小さく微笑んだ。
「最期に此処に来るのが惺らしいね」
「そうだな」
俺はもうこの世には居ない彼女を思い浮かべた。俺の家族、兄さん、アニューの墓は同じところにある。愛し合った兄さんと一緒の墓に入る事も可能だったのに、彼女はこの丘を選んだ。それ程に、特別な場所だったのだ。
「もしかしたら、精一杯の抵抗だったのかも知れないね」
フェルトが呟いた。思わぬ科白に俺は「え?」と問い返した。
「惺がニールと一緒の墓に入りたがらなかったのは、彼が死んだって、やっぱり心の底では認めたくなかったからじゃないかな」
青空を見上げて。俺は小さく「そうかもな」とだけ返した。
死んでからも思い知らされる。何れ程に惺が兄さんを愛していたのか。兄さんが死んでも尚、その真っ直ぐな愛情を大事に抱えて。彼女の身体が朽ちても、その愛した証だけは此の世界に残っているんだ。
だから、時々、無性に苦しくて堪らなくなる。
本当は、兄さんと同じように俺の事を愛して欲しかった。
そんな無垢な想いが、まだ劣化せずに胸の奥に居座っている。
「…まだ、こんなにも、愛しているのにな…」
ボソリ、と呟く。フェルトは聞こえているだろうに、聞こえない振りを貫いた。
「そう言えばね、」
フェルトが語り始める。
「今だから言える恥ずかしい事なんだけど…、私、ライルにニールを重ねていた時があったの」
「…知ってる。あの時、無理矢理キスして悪かったな」
「ううん。あれは私が悪いの。……まぁ、それは置いといて…」
フェルトは此方を向いた。
「私がこんなになるなら、惺はもっと大変だろうなって思って、一回ね、惺に訊いた事があるの。“惺はライルを見て何とも思わないの?”って」
「……。」
「そうしたらね、惺…」
『ライル・ディランディはロックオン・ストラトスとは全然違う。』
『何処が違うの…?私にはどうしても同じように見えちゃうけど…』
『何もかも違うよ。…でも、強いて挙げるなら…、匂いが違う、な…。少し煙草の匂いがした。ロックオンは煙草なんて吸わなかった』
『匂い、かぁ…。私には全然わからなかったなぁ…』
『…あはは…。でも、さ…』
『でも?』
『声は……怖いくらい似てるよな…』

「…って。」
「声、か…」
俺が惺に初めて会ったあの時も、そんなことを言っていた。「声が好きな人と似ている」と。ジーン1として動いていたあの時は、それが兄さんの事であると気付かずに彼女を記憶の隅に追いやってしまったが。どうして気付けなかったのだろうか、とたまに思う。
「惺ね、案外単純なライルに救われたって笑ってたよ」
「はぁ?!」
「お前なんか嫌いだって雰囲気出したら、素直におれに苦手意識を持ってくれた、って」
「意味が分からない…」
惺の墓を睨み付けた。アンタ、そんな事をフェルトに言ってたのかよ。
「ライル、最初、全然惺の名前呼ばなかったでしょ?何時も“アンタ”って呼んでた」
「そりゃあ苦手な相手の名前を呼ぶのは躊躇うからな」
フェルトは「ふふっ」と笑った。
「惺の思惑通りだね」
「え?」
「ライルの声で名前を呼ばれたくなかったんだって」
「どうして…」
「私も同じ事訊いたよ」
『同じ声で名前を呼ばれたら、嫌でも好きになっちゃうだろ。そんなの嫌だし、ロックオンにもライルにも失礼だからな。それよりだったら嫌ってくれた方が助かる。』
「…惺って、ポーカーフェイスで隠してるけど、本当は誰よりも色々考えて行動してる」
「………。」
「私、それに気付くまで何年もかかったの。直ぐに気付いたニール・ディランディは本当に凄い人で、惺・夏端月とお似合い」
「……そうだな。」
墓を見詰めて、静かに頷いた。
本当、アンタが死んでからアンタを知る事が多過ぎる。どうして、その考えていた事の片鱗ですら教えてくれなかったのだろうか。
そうしたら、俺は兄さんよりもアンタを愛せた気がするのに。兄さんからアンタを奪う決意が出来たかも知れないのに。アランやグラハムって男みたいに、片想いを貫く事だって。
結局、兄さんには勝てないまま。惺は、最初から最期まで兄さんしか見ていなかった。
墓に向かって、ぽつり、と。

「…ほんと、狡い女だ」

まるで、彼女が微笑んでいるように錯覚させる、蒼すぎる空が憎い。




2013.02.17

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