静→←臨



風を切る音と共に後ろからこの硬いコン
クリートの地面ですら今回ばかりは割れ
てしまったんじゃないかと思える程の大
きな音がした。振り返らずとも、誰が投
げたなんてわかる。こんな音を鳴らすこ
とが出来るのはひとりしかいない。そし
て、次に耳に届く音は俺の名前を叫ぶ声
。こんなときにする予想は間違えたこと
なんて一度たりともなかったりする。 
今日投げられたものは、きっとそこを歩
いていた途中に見かけた白い自動販売機
だろう。何でもかんでも投げたり振り回
したりして、それを誰が直しているのか
などということを彼はわかってやってる
のだろうか。とは言っても、自分には関
係ないし興味もないからどうでも良いの
だけれど。             
それよりも、仕事があるからこの池袋を
訪れたわけでありその目的はまだ果たさ
れていない。自分としては、さっさと終
わらせたいから出来ることなら見つかり
たくなかったのだが…まぁ、見つかって
しまったものはしょうがない。後から、
どうこう言ったところで時間が巻き戻る
わけでもなく、素直に現実を受け入れる
しかない。             
たまに思うのだが、あの男は何故毎回毎
回、自分を見つけるのだろうか。この人
混みの中、ひとりの人物を見つけるなん
てことそう容易いものではない筈だ。 
それ程、嫌われているということなのか
。そう考えた瞬間、ちくりと胸に鋭い痛
みが走った気がした。だが、それはほん
の一瞬、一秒にも足らないくらい短かっ
たから、気のせいだと決め込んだ。そう
こうしているうちに後ろから慣れた殺気
が近づいてくるのがわかってゆっくりと
振り向いた。            
振り向いた先には、予想通りの少し汚れ
た白い自動販売機が転がっていて視線を
上へ移すとバーテンの格好をした男がい
た。眉間に刻み込まれた皺が相手の今現
在の感情を嫌という程、表されていた。
そして、煙草のくわえられていた口を開
いて発された声を聞いてもそれは分かり
易かった。             

「いざやくーん、手前、なんで池袋にい
るんだ?あぁ?」          
「…、シズちゃん」         
「池袋には来るなって何度言ったら理解
出来んだよ、ノミ蟲野郎が」     
「別に来たくて来たわけじゃないよ。俺
だって、仕事があるの。そういうワケで
、シズちゃんに構ってる暇はないから、
じゃーねー」            

面倒なことにならないうちにと早口にそ
う述べて踵を返した。その際に無惨に転
がっていた自販機を再び持ち上げようと
しているシズちゃんの姿が小さく見えて
ひらひらと手を振りながら駆け出した。

「待ちやがれっ、いぃぃざぁぁやぁぁあ
!」                

背中からいつも通りの怒声が聞こえた。
が、いつも通りに無視してその場から離
れた。また後ろからは地面が抉れてしま
いそうな音がするのかな、だなんて思っ
ていたが、俺の予想は珍しく外れた。い
つまで経っても聞こえることはなかった
。安全と思われる一定の距離まで離れた
ところで立ち止まって後ろを窺ってみる
。小さく見えたのは、シズちゃんとドレ
ッドヘアーの──シズちゃんの上司の、
後ろ姿だった。           

なんで、追ってこないんだよ。    

普段は弧を描く口元から苛立だしげな舌
打ちが洩れた。自販機はシズちゃんが居
た場所に放置されていた。      
いつもならしつこいくらいに追い掛けて
くるじゃないか。どうして今回はそんな
にあっさりと止めてしまうんだ。   
気に入らない。           
──…何が?いや、何もかもだ。   

シズちゃんは、俺を見るだけでムカつい
て、俺の言葉を聞くだけで更に怒りを倍
増させて、キレて俺を、俺だけを怒鳴り
声をあげながら追い掛けてくればいいん
だ。                

(…あれ?)             

はたりと気付いた。何、それ。    
怒鳴り声をあげながら追い掛けてくれば
って、…マゾ?そう考えてしまい、すぐ
に首を横に振った。         

(そんなわけないだろ、)       

自分で自分にツッコミをいれる。   
追い掛けられたいわけじゃない。怒鳴り
声が聞きたいわけでもない。ただ、──
…。                

「訳わかんないし。シズちゃんのばーか
」                 

胸に渦巻く、自分でも理解出来ない感情
に腹が立ち、後ろ姿も見えなくなった相
手にほぼ八つ当たりの悪態を呟いた。 
しかし、あの耳障りな怒鳴り声が返って
くる筈もなくその呟きはまわりの雑音に
かき消された。           
もう一度、そっと後ろを振り返ってみる
が、自販機が転がっているだけだった。
意味の分からない感情を胸に抱え込みな
がらも、本来の目的を果たすためにしぶ
しぶとすっきりとしなく後味悪い中、重
い足取りで待ち人のもとへ向かった。 

まだ、近くに居たシズちゃんが此方をみ
ていたなんてことに気付くことは出来な
かった。              



無意識独占欲
(ただ、君に俺だけをみていて欲しかったんだ)












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