合格ライン2




「いらっしゃ……なんや名前ちゃんか」
「草薙さん!見てください、合格点ですよー!」

からんからんとベルの音がけたたましく鳴り響く。その音に、この場所へ初めて来た日の事を少しだけ思い出した。

本日は二回目の英語テストの返却日。私にとってのリベンジマッチだった試験は私の大勝利で終わった。ちなみに八田くんは回答欄を一個ずらして書いてしまったらしく、そのせいで結構点数を落としたせいで1点差で追試にひっかかっていた。ざまぁ!あ、冗談です。
とにもかくにも、八田くんの結果は関係無しに初めて追試を免れたのは本当に嬉しい。達成感にニヤつく表情筋を抑えながら、私はあの日と同じように振り返った草薙さんに答案用紙を渡した。すると、草薙さんは驚いたような声を上げる。

「おぉ、80点とか大したもんやないか。頑張った甲斐あったなぁ」
「はい!」

草薙さん直々のお褒めの言葉に、今日一番の笑顔で返事をした。すると、その大きな手がするり頭を撫でた。あれれ、確かに褒め言葉は期待したけどこれは予想外だ。
子供扱いされたんだから本当は怒る所なんだろうけど、お世話になった手前そんな事できずにそのまま黙って撫でられていた。それに草薙さんなら別に嫌じゃないしね。
暫くすると、頭を撫でていた手がすっと離れる。すると草薙さんは答案用紙を私に返して、カウンターに置かれていたシェイカーに手を伸ばした。

「ちょっと待っとき。ご褒美作ったるさかい」
「ご褒美?」

ご褒美という甘美な響きに、思わずぴくりと反応してしまう。でも、草薙さんの手にどうみてもお酒にしか見えない瓶が握られた瞬間思わずストップをかけた。

「あの、草薙さん、私未成年です!」
「せやね。でもまぁ、アルコール度数低いほぼジュースみたいなの作るつもりやし雛祭りの甘酒やと思っとき。あ、そういえば名前ちゃんはアプリコット大丈夫か?」
「え?あ、はい。大丈夫です」
「ん。ちょぉ待っとき」

あれ、なんか流された?私の静止なんて無かったかの様に、草薙さんは慣れた調子で色々なものをシェイカーに入れていった。完全に止めるタイミングを見失った私はへにゃへにゃとカウンター席に座り込む。そして、魔法みたいに流麗な手の動きをぼーっと眺めている事しかできなかった。
暫くすると、澄んだ色合いの液体がグラスに注がれる。その時仄かに香った果物の香りに思わずすんと鼻を鳴らした。

「できた。どうぞ、お嬢さん」
「あ、ありがとうございます……」

何時もより低い囁くような声と共にすっと差し出されたグラス。それにはさっきの液体だけじゃなくてレモンまで添えられていた。おお、なんか本格的。
それに感心すると同時に、大人の雰囲気に思わず萎縮してしまった。子供な自分が情けない……いや、実際子供なんだけど。お酒だけど、弱く作ったという草薙さんの言葉を信じてグラスに手を伸ばす。ごくり、と少しだけ飲み込むと、香りは強いのに想像以上にすっきりとした味に思わず声が漏れた。

「……美味しい」
「せやろ。アプリコットフィズ、っていうんやで」
「アプリコットフィズ……」

聞き慣れない言葉を暗唱しながらじぃっとグラスの水面を見つめる。バーの中の柔らかい光が反射してキラキラ輝く様子はとても綺麗で、ここがいつも勉強を教えて貰っていた場所だとは思えない程別の世界に見えた。
美味しかったからもう一口ごくりと飲み込む。すると、草薙さんはちょっと嬉しそうに微笑んだ。

「なかなかやろ。大人になったらウチを贔屓にしてや」
「なんですかそれ……でも、絶対来ます」

今から顧客獲得とは中々の商売根性だ。それに思わずくすりと笑ってしまったけど、草薙さんの作るお酒は是非飲みたい。
それに、今はまだお子様だけど、いつか勉強以外でも当然のようにこうやって草薙さんと会えればいいなと思った。





名前が帰った後、目が覚めたものの起きるタイミングを見失っていた十束はやっとソファから起き上がった。それに気づいた草薙はソファに横目で視線を向ける。すると、面白いものをみつけたような顔で端末を弄る十束がいた。

「アプリコットフィズ……」

トントンと液晶の画面に浮き上がるその文字に指を指す十束。遠目で内容は伺えない。しかし、からかうような十束の態度に草薙はサングラスの奥の目を少し歪めた。
その反応を楽しむかの様に、十束の笑みはいっそう深くなる。

「草薙さんってロリコンだっけ?」
「そんなんちゃうわアホ」

即答でそう答えると、ことりと名前が使ったのであろうグラスを洗い終えて網の上に伏せた。その答えにふーんとつまらなさそうに軽く返事をして、十束はカウンターに座る。そして先程まで寝ていたにもかかわらずぐてっとバーに突っ伏して甘えるような声を出した。

「見てたら俺も飲みたくなっちゃった。草薙さーん作ってー」
「ったく。有料やからな」

年相応でない十束の行動に、草薙は先程の優美な態度とは裏腹のいかにも面倒くさそうな態度を隠さず溜め息をつく。だが一応は店持ちのバーテンダー。同じく流れる様な動作で頼まれた酒を作り始める。
しかし、ミキシンググラスに氷を入れようとした時、ふいに手を止め小さく呟いた。

「………まぁ確かに、下心が全くないわけやないんやけど」

その声はあまりにも小さく、端末を弄るのに夢中になっていた十束の耳には入らない。
そのあまりにも微かな囁きは、草薙以外の誰の記憶にも残ることなくバーの空気に溶けていった。











なんか草薙さんがJKを誑かす悪い大人に………「勉強を教えて貰う話」というリクエストだったのに、勉強を教えてもらうところを省いてしまってすみません;;
ありすさん、リクエストありがとうございました!





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