貴方の音が(多々良)




「て、手が痛い……」
「最初はそんなもんだよ」

びぃん、とまるで三味線みたいな音が響く。空気が冷たいから尚更固い弦を弾いた指はじんじんと痛んだ。無理に手の形を作ってたし手の関節も痛い。多々良さんよく平気な顔してこんなの弾けるなぁ……素直に感心する。
触らせて貰ったギターをそっと返すと、多々良さんはギターを抱え直してさっきまで不協和音を出していたギターからぽろろんと綺麗な音を奏でた。それを聞いて、思わずはぁと溜め息を吐く。

「はぁー……私絶対無理ですよ」
「ストロークくらいなら誰だってできるよ。もうちょっと頑張ってみれば?」
「うーん……でも、多々良さんが弾くの聴いてる方が好きです」
「……なんか……うん…嬉しいけどさ…」

正直な感想を述べると多々良さんは小さく苦笑した。ふん、どうせ根性無いなとか思ってるんだろうな。でも本当に満足なんだもん。
時々歌っている曲を弾き終えると、多々良さんはギターをケースにしまい出した。ちぇ、もう止めちゃうのか残念。ぼーっとその光景を眺めていると、多々良さんがなにか思いついた様にキラキラした顔をして振り返った。

「そうだ名前、明日一緒にギターショップ行かない?」
「えっ、だから私やりませんってば!」
「それでも最近のは可愛いのもあるし、見るだけでも楽しいよ。ね、行こう?」
「……見るだけですからね」

にこにこと微笑む多々良さんにそう言われて、見るだけならと思わず小さく頷いてしまった。
でも最近あんまり多々良さんと一緒にお出かけしてないし、良い機会なのかと思ったら少し嬉しくなった。












「おい……なんだよその騒音……」
「う、煩い!伏見は黙ってて!」

結局あの後、一緒に行ったギターショップで私用のギターを買う事になってしまった。今ではバーの隅っこに二つのギターケースががちょこんと仲良く並んでいる。っていうか買って貰っちゃったけど多々良さんってちゃんと働いてるのかな。いくらピンキリとは言ってもギターってそんな安くない筈だし出費が心配だ。
でも折角貰ったんだし埃を被せるのは忍びないからこうやって隣で伏見に文句を言われながらも練習をしてる。一向に上達しないけどね!コード覚えらんないし未だに指は慣れないし、ストロークすらまだ変な音が出るよ泣きそう!
ぐさぐさと容赦ない指摘をしてくる伏見にに反論できなくて思わず涙目になっていると、すっと手元に影が落ちた。

「まぁまぁ。名前も頑張ってるんだからそんなに言わないであげてよ伏見君」
「………チッ」
「あはは、舌打ちは聞こえない所でしてほしいなぁ」

やっぱ多々良さんって凄いな、私だったら絶対喧嘩になってるのに。軽口を叩く二人を見ながらじんじんと痛む手を撫でていると、いつの間にかすっとその手を取られていた。じっと私の手を覗き込んで、多々良さんは難しそうな顔をする。

「うーん……弾いてれば指の皮厚くなるから大丈夫な筈なんだけど……そんなに辛いならピック使う?」
「えっ…でもそれって弦傷みません?」
「指よりは傷むだろうけど無理して弾く事ないよ」

少し擦れた指を撫でて、多々良さんはにこっと優しく笑った。ああやっぱり多々良さんは良い人だな。伏見も見習ってほしい。
多々良さんの優しさで胸が一杯になっていると、からんからんとバーのドアが開く音がした。そっちへ顔を向けると何度も見た光景、猫を抱えてる藤島が立っていた。

「すんません……」
「それは家主の草薙さんに言おうね。それよりまだキャットフードあったかな〜……伏見、そっちも探してくれない?」
「……ハイ」
「あっ、俺が探すから大丈夫っすよ!」

私がギターを抱えてるせいか、いつもは私に頼む多々良さんは伏見にそう言う。いくら伏見でも流石に多々良さんの言う事は聞くようで、嫌そうな顔をしながらも素直に反対側の棚を漁り始めた。それに慌てて藤島が猫を抱えたままこっちに駆け寄ってくる。その拍子に、するりと猫は彼の腕をすり抜けた。
そこまでは良かったんだけど……。

「ふみゃーーー!」
「きゃっ!ちょっとやめっ……!」

何故か猫は私に飛びかかって来た。えええ私なにもしてないのになんで!っていうか痛い痛い爪立てられてる!
痛みに思わず身を捩ると猫はギターを蹴ってカウンターに降り立った。その結果勢いよく手からすっぽ抜けたギターは盛大な音を立てて床に叩き付けられる。その瞬間、ギターからバキッと不穏な音がした。

「あーー!」
「うわっ」
「大丈夫!?今凄い音したけど……」

私の絶叫とギターの音に驚いて、カウンター越しに多々良さんと伏見が覗き込んでくる。そして、カウンターで寛ぐにゃんこと私の手、床に投げ出されたギターを見た瞬間二人ともあちゃーという顔をした。それとは別に藤島はもの凄い青ざめている。

「わ、悪い名前っ……本当にごめん…!」
「あ、いや……悪いのはにゃんこだし」

若干流血沙汰になっている手を抑えながらかなりテンパっている藤島をなだめる。その傍ら、伏見が落ちたギターを拾い上げて溜め息を吐いた。

「こりゃ駄目だな」
「……やっぱり?」
「ギリギリ修理すればいけるかもしれないけど……」

ほら、と見せられたギターは見事に欠けたりヒビが入ったりしていて、素人目でも駄目そうだなという事が分かった。藤島が悪いわけじゃ無いし、にゃんこに悪気があったわけじゃないから怒りとかそういう感情は無い。でも、折角多々良さんが買ってくれたのになと思うと少し目頭が熱くなった。
血が付いてない手の甲で目を抑えると、かちゃりと小さな音がして何かが反対側の手に当てられた。その瞬間びりっと走った痛みに思わず手を引っ込める。

「いったぁぁぁ!」
「ごめんごめん。でもほら、後は絆創膏貼るだけだから手ぇ出して」

さっきとは違う意味で涙目になりながら手を見れば、救急箱を隣に置いて絆創膏をひらひらさせる多々良さんが居た。ギターの残骸を見た後だと少し気まずくて恐る恐る手を出すけれど、多々良さんは特に気にした風も無くぺたりとそれを貼ると救急箱を片付けた。いや、でも怒ってるかな……折角のギター壊れちゃったし。

「あの……多々良さん、ギターごめんなさい…」
「ん?ああ、別に名前が悪いんじゃないから謝んないで」
「すいません、俺のせいです!」
「藤島のせいでもないから。ほら、頭上げて」

もう土下座しちゃうんじゃないかってくらいの勢いで頭を下げる藤島にも多々良さんはなんでもないと言わんばかりにあっけらかんとして私たちの頭を撫でる。その笑顔に目の奥に溜まっていた涙も引っ込んだ。
ごし、と目を擦ると部屋の隅からカリカリという音がする。その音源を見れば、猫が多々良さんのギターケースを引っ掻いていた。

「こ、こら!それは駄目っ!」
「フミャー!」
「まぁまぁ名前。落ち着いて」
「でも……」

大丈夫、とでもいうように微笑まれるとなにも言えなくなる。多々良さんはケースの所まで歩み寄り猫をひょいとどかすと、ギターを取り出した。

「今度は暴れるんじゃないよ」
「ニャー」

お、大人しい。さっきの暴動はなんだったんだ。とてて、と多々良さんの後ろを着いて歩く姿はさっきとは打って変わってとても良い子だ。
ぽろん、と弦の上を多々良さんの指が滑れば、にゃんこはにゃぁと可愛い声で鳴いてみせた。

「ギターの音が聴きたかったんだろうねぇ」
「ならもうちょっと大人しくしててくれても……」
「お前の不協和音が気に入らなかったんじゃねぇの?」
「伏見黙れ」

どうしてこいつはこう一言余計なんだろうか。さっきの今でこうも容赦なく悪態を吐ける伏見に本当にイライラする。でも、多々良さんのギターの音を聞いてたらそれもどうでも良いような気分になっていった。
ぽつりと、思わず胸に浮かんだ言葉が溢れる。

「やっぱり、多々良さんのギターが一番ですね」
「……ありがと」

独り言のような呟きに、多々良さんははにかむように笑ってそう返してくれる。それに、私の心がじんわりと温かくなった。

それから暫く、私たちは草薙さんが帰ってくるまで多々良さんのギターを聴いていた。
折角貰ったギターが壊れちゃったのはそりゃぁ悲しいし……一緒に引けないのは少し残念だけど。
多々良さんが弾いてくれるならそれで良いやって思うんだ。




 










起承転結つけようとしたらなんだか中途半端になってしまってすみません。でも吠舞羅の他面子出せて楽しかったです。あと多々良さんって働いてるんですかね………。
けいさん、リクエストありがとうございました!




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