今時希有な大和撫子2




ふと目が覚めれば、部屋の中は夕暮れの真っ赤な光が差し込んでいた。昼前に上がってからずっと寝てたのか俺……通りで腹減ってるわけだ。軽く伸びをしてチカチカと光る端末に手を伸ばす。それと同時に部屋のチャイムが鳴り響いた。居留守してやろうかと思ったが、開いたメールからその考えは打ち消される。舌打ちをしながら俺はドアへ向かった。

「………はい」
「あ、お休み中のところ失礼します!私です!」
「見れば分かるから。で、なんの用」

ドアを開ければ案の定名前がいた。突き放す様に用件を訪ねれば一瞬肩を強ばらせながらも一生懸命作り笑いをする。それが面白くなくて、十分睡眠は取った筈なのにすげぇイライラした。そんな俺の気も知らないで、名前は手に提げていた袋からなにかを取り出す。

「あの、一応メールしたんですけど返事がなかったので……いつも先輩って夜勤明け部屋に籠って食堂に来ないじゃないですか。でもなにも食べないとお腹空くだろうなって思ってサンドイッチ作ってきました!」
「………いらないって言ったら?」
「えっ………あ、の…いらないならそれで良いです!私の夜食にします!」
「太るぞ」
「うぅ……」

俺は性格が捻曲がってるとりあえず意地の悪い事か皮肉しか言えない。その事をこいつは嫌という程知ってる癖に一言そう言っただけでこの世の終わりみたいな顔をした。それでも次の瞬間にはニコニコと引きつった笑顔を貼付けながらこいつはフォローを入れてきた。こいつは何時もそうだ。何をやっても、どんなに振り回しても文句一つ零さねぇ。最近ではもしかしたら感覚狂ってるのかと思ったけど、笑顔はなんだかんだで引きつったり悲しそうだし、姉貴には愚痴を言ってるんだから人並みの感情くらいあるんだろう。なんでそれを俺に言わない。気に入らなねぇ。
苛立っているのが伝わったのか、名前は縮こまりながらタッパーを手提げにしまう。そして、軽く会釈をした。

「……あの、もうお暇しますね……貴重な休憩時間を奪ってしまってすみませんでした」
「帰んの?」
「いえ、久しぶりにお姉ちゃんと外食してきます。お姉ちゃんはまだお仕事ですけど、私先に終わったんで待ってるんです」
「………姉貴にはなんでも言えて、俺には何も言えねーのかよ」
「え?」

ぎり、とドアノブを支えたままの手を思わず握りしめながら小さく零すと、名前はきょとんとした顔をした。それにすら苛ついて乱暴に腕を引き寄せると、持っていた手提げを落としてその小さな身体は簡単に俺の腕の中に収まる。その瞬間、転がったタッパーへと泳いだ視線を俺は見逃さなかった。ああ、気にいらない。本当に。

「なに、俺よりそっちの方が大事?」
「いえそんな事は……いっ痛い、痛いです……!」

こいつから初めて聞いた主張の言葉は、痛みを訴えるものだった。まぁ仕方ないだろう。今まで冷たくしても手を上げた事はない。元々こいつに興味は無かったし、下手に乱暴して副長に目をつけられたくなかったし。でも、苛つきながらもこいつの初めての自分の意見を言った事にどこかほっとする自分がいた。訳が分からない。それでも、俺の口は脳の司令に反して勝手に喋る。

「……初めて言ったのがそれかよ」
「伏見先輩?」
「一応仮にも、所詮お遊びだろうが付き合ってんだろ俺達。それなのにそれらしい事なんもしねーで、お前が尽くしてばっかりで、それでお前は文句ねぇのかよ」
「私、は……」
「文句はあんだろ、副長には言えてるんだもんなぁ?」
「伏見先輩聞いてください!」

ばしんと大きな音がして、引き寄せていた名前が俺から離れた。胸元を押されたんだろう。痛い訳ではないが少しじんじんする。むしろ、初めての名前の反抗にあっけにとられた。俺がぼうっとしていると、眉を下げた名前が困ったような顔をしながらしどろもどろに声をあげる。

「別に、文句を言ってたんじゃないです!ただ、この前伏見先輩にドタキャンされた時家に帰ったらお姉ちゃんがいたから事情を聞かれただけで……本当にそれだけです!それに、私は今のままでも十分です!」
「は?意味わかんねぇ。お前Mなわけ?普通嫌だろ」
「嫌というか、確かに冷たくされると悲しいですけど……私は伏見先輩がそういう人だって知ってて好きになったんです。だから、文句なんて言いません」

困ったような顔は変わらないくせに、名前は生意気にも瞳だけははっきりと俺を見てそう言った。その普段との変わりように、俺は毒気を抜かれたような気分になった。

「………つまり、お前は俺が冷たい人間だって思ってるんだな」
「えっ?!いやあの、そういう訳じゃっ……冷たい所も伏見先輩だからって話で……あれ?!」

一言挙げ足をとれば、さっきまでの強い態度も瓦解してわたわたと慌て始める。ああ、なんだか馬鹿らしい。こんな感情を隠すことなんてできやしない奴になにを俺はイライラしてたんだ。
ああでもないこうでもないと独り言を繰り返す名前を放置して、地面に落ちたタッパーを拾う。するとこいつはやっと我に帰った。おせぇよ。

「あっ、わざわざ拾わなくて良いのに………ちょ、先輩なに持って入ろうとしてるんですか!?」
「俺に作って来たんだろ。食ってなにが悪い」
「一回地面に落としたんですよ!?確かにタッパーに入ってたから汚れてはないと思いますけど嫌でしょう?!それにぐちゃぐちゃですって!」
「まだ食えるんだし別にぐちゃぐちゃでも嫌じゃない」
「でもぉぉぉぉ……」

脳味噌小せぇくせに俺に口で勝とうとして、最終的に情けない声を上げる。それが滑稽で思わず鼻で笑った。
ドアを開けっ放しでスタスタと中へ引っ込めば、名前は入り口でおろおろし出す。そのまま放っておけば10分は迷ってそうだから癪だが声をかけてやった。

「おい、入ってこい」
「えぇ!?でもお休み中の邪魔じゃぁ……」
「ぐちゃぐちゃなサンドイッチ俺だけに食わせる気かよ。良いから入れ。ついでに晩メシ食ってけよ」
「そ、そんなつもりじゃ……あっ、あと夕飯はお姉ちゃんと……」
「……」
「は、はい……謝っておきます……」

玄関で小さくなる名前を放置してさっさと居間のミニテーブルに向かう。タッパーを開ければ案の定形は崩れていたが、存外綺麗なサンドイッチがきっちりと詰められていた。ご丁寧に俺の好物ばっかりとかどんだけだ。
簡易冷蔵庫からペットボトルを出してから棚のコップを二つとってそれも机に置くとすぐに準備は終わった。ちらっと玄関の方へ視線を向ければ、端末を耳に当てながらへこへこと頭を下げる名前がいた。
暫くそれをじっと見ていると、やっと終わったのか夜勤明けのような疲れた顔をして名前は端末を切った。若干よろよろとした足取りで部屋に入って来る。

「副長、なんだって」
「普通に怒られました……」
「……悪かったな、姉妹の時間邪魔して」

自分でも驚いた事に、謝罪の言葉はすんなりと出た。驚いたのは名前も同じなのか、ただでさえでかい目を更に瞬かせている。
くそ、そんな顔すんじゃねぇ。普通の事しただけだろ。柄にもない事をした自覚はあるからバツが悪くなって視線を逸らす。すると、くすっと小さな笑い声がした。それに思わず顔を戻すと、名前がおかしそうにくすくすと笑っていた。失礼なんじゃないか、それ。俺一応謝ったんだけど。
じとりと睨みつけると、名前はいつものような慌てた表情をする。でも、それはすぐに崩れて今度はへにゃっとしただらしのない笑顔を浮かべた。

「いえ、確かにお姉ちゃんとご飯食べれなくなったのは残念ですけど……私、今幸せです」
「……馬鹿じゃねーの」

それしか言葉は出ない。他になにも言えなくて、俺はサンドイッチに手を伸ばした。それに習って名前は手を合わせて律儀に「いただきます」を言ってから食べ始めた。自分で作ったもんだろ、いちいち行儀のいい奴。
こいつの方が仕事ができないしすぐに慌てるし何百倍もお子様なのに、なんだか自分の方が子供な気がしてむず痒い感覚がした。それを誤摩化す様に齧ったサンドイッチはそんなに美味しくなかった。
















こんな女子いねーよって思いながら書きましたすみません。でも好きな人を嫌な部分を含めてそのまままるっと愛せるのって素敵だよなぁって思います。
ルカさんリクエストありがとうございました!







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