今時希有な大和撫子1




「伏見、名前と別れて頂戴」
「は?」

目の前にいる草薙さんが「ツンドラの女」と命名した上司は、唐突にそう言った。
顔は相変わらず凍りついたようにぴくりとも動かねーし、なにを考えてんだか分かりもしねぇ。面倒くせぇ。俺もう上がりなんだけど。帰るとこだったんだけど。なんでこんなどう考えても面倒事にしかならなさそうなのに引き止められてんだ。
でも淡島副長はそんな俺の帰りたい空気を読んでくれるはずもなく、淡々と話を続ける。

「確かにうちの妹から告白したのは知っているわ。でも二人の様子を見させてもらったり名前の話を聞いている限りとても良い関係を築けているとは思えないの。二人もまだ若いんだし、明らかに相性が悪い人とずっと一緒にいるより他の可能性を見つけたらどうかしら」
「一体何を見たり聞いたりしてそう言ってるんです?」

ああ、俺の馬鹿。さっさと切り上げたかったらハイって言っときゃいいのに。でもまぁ一方的に俺が悪いみたいな事を言われたら気分が悪い。自分の変なプライドの非合理さに思わず舌打ちが出た。それでもこの人は眉一つ動かさずにひたすら長いマシンガントークを続ける。

「そうね。まず常日頃からデートに遅れる、すっぽかす等が挙げられるわ。これは名前から直接聞いた事よ。あとは私の見ている限り、冷たくあたる、八つ当たり、食堂で自分の嫌いなものを押し付ける、好きなおかずを奪う、誕生日を忘れる、歩調を合わせず置いてきぼりにする等の行為が見て取れる。どれもあの子の事を思っているとは思えない事だわ」
「後半にいくにつれてどんどん細かくなってませんか………っていうかそれが本当だとしても副長がどうこうする権利はないでしょう」
「そうね。これはセプター4の権限等が仕えない私的な事。だから私は名前の姉という立場からあの子の幸せを考えて貴方にお願いするわ。名前と別れて頂戴」

淡島副長は、「なにか文句でも?」とでも言う様に堂々と言い切った。頭が痛ぇ、俺昨日から徹夜で働いてんのこの人知ってる筈だろ。なんでこんなタイミングでこんな面倒な事言ってくんだよマジ信じらんねぇ。
疲れとイラつきでありえないくらいズキズキと痛む頭を抱えていると、副長の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

「お、お姉ちゃん!伏見先輩になに言ってるんですかぁぁぁ!」
「あら名前丁度良かったわ。貴方も話し合いに参加しなさい」
「かかかか勝手に話し合いとか止めてよ!伏見先輩もう上がりですよね!帰ってくださって大丈夫です!お疲れ様でした!」
「こら名前、まだ話は」
「もーいいから!お姉ちゃんこっち来て!室長が探してるよ!」
「む、なら仕方ないわね……伏見、この話はまた後日」
「………はぁ」

溜め息と境界の曖昧になった返事を返せば、名前と副長は嵐の様に去って行った。もう嫌だ、今日は帰ったら即行寝よう。もう考えたくねぇ面倒くさい。

「伏見さん見事な修羅場でしたねーお疲れさまです」
「道明寺……」
「あっちょっと痛い痛い痛い!それ完全に八つ当たりっす!」

我慢の限界を越えたせいで、思わず軽い調子で話しかけて来た道明寺の胸ぐらを掴む。ぴーぴー喚く声に我にかえって手を離せば、そいつは軽く咳き込んだ。

「げほっ、そんな怒るとこですか今の」
「タイミングが悪いんだよ。それくらい考えろ」

げほげほと咳き込みながら道明寺は抗議する。今のタイミングで話しかけたらこうなることくらい目に見えてだろうに馬鹿なのかこいつは。

「でもまぁ、伏見さんについていける女の子なんて名前くらいしかいないんですから。離しちゃダメですよ絶対」
「うるせぇお前が決めんな」
「あいたっ!」

いい加減耐えかねて今度は軽く蹴り上げれば、道明寺はなにか言いたそうな視線を向けてきたがとぼとぼと廊下の先に歩いて行った。くっそ、やっと静かになった。
ようやく俺は何時もより長く感じる廊下を歩き出す。すると、今度は胸ポケットに入れた端末が震え出した。ちらっと画面を見ればあいつの名前。なんなんだ、どいつもこいつも。思わず舌打ちが出た。

「もしもし」
「あ、伏見先輩ですか」
「………なんだよ」
「いえ、あの、さっきのお姉ちゃんの事なんですけど……」

またその話題か、いい加減にしてくれ。思わずミシッと不穏な音を立てて端末を握りしめる。

「その話もう止めてくんない?俺もう疲れてんの。さっさと寝たい」
「……はい、すみません……」
「なんかあったらメールしといて。起きたら見る」
「はい……お疲れ様です、失礼しますね」

なにか言いたげな雰囲気こそ醸し出していたが、名前は素直に返事をしてぷつっと通話を切った。自分で望んだ事の筈なのに、何故かそれが苛ついてまた舌打ちをする。きっと疲れてるせいで気が立ってるんだ。もういい加減寝よう。それからまた色々考えれば良い。
その後は幸い一切邪魔は入らず俺は無事部屋に戻る事ができた。コートだけ脱いで重たい体をベッドに投げ出せば、待っていましたとばかりにどっと睡魔が押し寄せてくる。俺はそのまま意識を手放した。







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