「お、おじゃましまーす…」
卒業式にまで遅刻をしてしまった引け目で、扉を開けるのも躊躇してしまう。担任には遅刻の紙を渡さないとだめだから結局気付かれるんだけれど、やっぱり入りにくい。
「あ、みょうじだ」
「ちょっとなまえおっそいよー!」
「最後まで遅刻魔だなー」
「アッハハハハハ」
「おい今笑った奴出てこいコラ」
笑いすぎだばっきゃろーたかだか20分やそこらじゃないか。
私ががやがやするクラスメイトにぶすぶす言ってると担任に頭をはたかれた。
「った!」
「こんな時まで何やってんだ。時間ないんだから早く席つけ」
「あっちゃんキビシー」
「あっちゃん言うな」
担任のあっちゃん(♂)にそう言われながら紙を渡して自分の席につく。
あーなんか朝から疲れたなー。卒業式だけどもう帰りたいっていうか夢の続きが見たい!でも東先生を生で見れるのはこれが最後かもしれんし…ううーん
「はぁーぁぁぁ…」
落とした溜め息は重すぎてゴトリと音がしそうだった。右頬を机にくっ付ける。ひんやりしてきもちー。
「朝からお疲れ顔ですね」
「あんたはいつも通り無味無臭みたいな顔してんね」
「…何それ」
前からかかる声に目線だけを上げると前席の浅羽祐希がこちらに顔を向けていた。
今日も今日とてぬぼーっとした、それでもイケメンと言わざるを得ない顔をしている。
「あんたの顔みるのも今日が最後かもねー」
「…まあコンビニとかで会うかもだけど」
「はは、浅羽ん家うちと近いもんねー。っていうかいつか遊ぼうよ、君ら仲良し組と」
「えー…」
「えーって…態度悪いな」
ふてぶてしい奴だ。皆には羨ましがられたけどこんなのとご近所さんになっても得なんてない。東先生がご近所だったら何万倍良いか…。ムカついたので目線も外した。私から3列くらい分離れた窓からまだ高めの空を眺める。浅羽の顔はもう見えない。
「ああーもーなんで浅羽が近所なんだ」
「別に俺は住みたくてみょうじさんの近所に住んでる訳じゃあ」
「んなこと知っとるぁぁ」
「………」
「………」
「わーかった」
「……?」
「なんかあったんだ、…………東先生のことで」
「!!!?」
ぼそり。耳元で囁かれた声にサアッとなった。
思い切り顔を上げて見張るように浅羽の顔を見詰める
「なっ、ななななん、なん……あずっ……なぁ!?」
「驚きすぎ」
いつもと全く変わらない無味無臭顔のまま浅羽はボールペンを私のおでこにぺちんとやった。
「別にどうでもいいけど、東先生とちゃんと会えるのも、最後かもしれないし、えーと、まあ、言っときたいことあるんだったら言っといた方がいいと」
「…それは、そうだけど」
私が悩んでるのはなんていうか、そうじゃないんだよなあ。多分浅羽が言ってくれてるのは東先生にその…こ、こくはくすることなんだろうけど……でも私元々そんなことするつもりはなくて、もちろん恋人になりたいとかそんな、図々しいことはしたくなくて、だって先生が困るし、真面目で優しいからやんわり断ってくれるだろうし、でも先生はすごく悩んでくれて…そんなの切なすぎる。そんなぎこちない感じで別れたくないし…でも先生と会えなくなるのはとにかく嫌で、夢に出ちゃうくらい好きになっちゃってるし私…。
「…………」
自然と眉間にシワがよる私をしばらく見詰めて、浅羽はふいと視線を教卓に戻した。
時計を見ると体育館移動の時間まであと10分だった。