ピピピピピピピピピピピピ
とっさに顔の前に持ってきた両腕。でもしばらくなにも無くて不思議になる。電子音がしつこかった。
「………………?」
「…………ムック?」
体にかかる重み、温かさ。でも明らかに先生の息使いじゃなくて、ハフハフハフハフしてる音に恐々と目を開くと、そこには愛犬のゴールデンレトリバーがいた。
「ハフハフハフハフハフハフ」
「……………」
「ハフハフハフハフハフハフ」
「とんでもない夢みた…」
ピピピピピピピピピピピピ
いい加減しつこい目覚ましを止めて。平和そうなムックの顔を眺めた。まだ顔が熱い。
先生、ごめんなさい、私は悪い生徒です。ありもしない先生とのあれこれを夢に見ちゃったりして…ごめんなさい、
「…んな訳あるかぁぁぁっ!」
ガバッ。私はもう一度布団に潜った。続きっ、続きっ!続きを見ずしてどうするかっ!今日が平日だろうが関係ないもんね!私と先生の愛の劇場、誰にも邪魔はさせないっ!
「コラァァァなまえ!!!卒業式に遅れる気かあああっ!!」
「ごぶふぇっ」
母に邪魔されました。
□ □ □ □
「卒業式にまで遅刻してくるとは、あんたが社会人になった時が心配だよ…」
「あ、あはは…すいません」
放課後の国語準備室で先生に襲われかける(もっと見ていたら確実に襲われていた)夢を見たおかげで私は高校の登校日の最後にまで遅刻した。あの夢はものすごく、ものすごく良かったけど、見るタイミングを間違えた。昨日とかだったら良かったのに。何も今日でなくても…。
「まだみんな教室だから。早く行ってきな」
「はーい、でも、もう先生のお説教聞けないの残念です」
「…そんなのいいから、早くしな」
「はーいっ」
生徒指導室をあとにして、教室に向かう。私の学校は遅刻したら生徒指導室で遅刻の紙をもらって担任まで持っていかないといけない。すごい面倒くさい。
いやーしかし、今日の夢はほんともったいなかった。また見れるかな…
「あれ、みょうじさん」
ふいに聞こえた聞き覚えのありすぎるテノールに心臓がびくりと震える。恐る恐る振り返ると、苦笑いとこんにちはだ。
「っ、あ、ずま先生」
東先生を見た途端、反射的に今朝の先生が鮮明に私の頭に写し出された。
先生の変わらない優しい笑み、メガネ越しじゃない艶々しい目に、いつもよりちょっと大人な雰囲気…………うあああだっだめだだめだだめだ違うこと考えないとっしーりーとーりーりんご、ごりら、らっぱ、
「もしかして、今日も遅刻?」
「(パフェ、フェリー、りすするめ、…め?)」
「…みょうじさん?」
思い出して赤面した顔を左腕で隠して気を紛らわすためにしりとりをしていると、先生本人に気が回らなかった。はっとして顔をあげるとぱちりと、苦笑いの先生と目が合う。自然と上がる熱は笑って誤魔化した。
「っ、ごめん、なさい…へへ」
「もう、社会に出てから大変だよ」
「それ山本先生にも言われたし!私だってやるときはやるもん!」
「今日やれなかったから言ってるんだよ…」
冷静に突っ込まれると言い返せない。揚げ足、とか大人は卑怯だ、とか子供みたいな言い返ししかできないでいると早く教室行っておいでと急かされた。
「行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい」
先生との残り少ないだろう会話をしてから、勝手にちょっと寂しくなりながら階段を登った。