「せーんせー」
がらがらがら。放課後のこの時間に国語準備室を訪れると、先生はいつもひとりで仕事をしている。
「ああ、みょうじさん。今日も勉強?」
「うん」
「コーヒー淹れるね」
「やった」
さっきまで先生が座っていたソファーの隣に腰をおろす。先生はテストの採点をしてたらしい。みんなのテストの隣に、自分の教科書とかノートとか辞書を広げる。
「はい、どうぞ」
「ありがとーございまーす」
先生はコーヒーと一緒に、クッキーののったお皿も持ってきてくれた。いつもと同じ、先生の優しさに口元がゆるむ。
放課後、国語準備室が先生ひとりになるこの時間に先生に勉強を教えてもらう。1日の中で一番楽しい時間。先生も仕事があるからわからない時に教えてもらうだけだけど、いつもより近い距離や、2人だけの空間が私にはとても大切だ。
「…あれ、先生、この現代語訳って、」
「ん?」
「!!」
赤ペンを置いてこっちを向いて、それから私の指した教科書を覗きこむ先生。予想以上に先生が近くなって目の前の先生の耳を凝視しながら身体を震わせた。な、なんか、いつも教えてもらうときより近い気が…!
「ああ、これは、これが助詞だから……。………みょうじさん?」
先生がこっちをみた。ち、近っ!びっくりしてのけ反る。な、なん、なんか、何!?いつもと違う…!
「うえっ、あ、ごめんなさい…」
不思議そうに私を見ていた先生が、ふっと優しく笑った。やっぱり、先生格好いいなあ…。
「顔が赤いよ、大丈夫?」
「あ、はい、だ、大丈―――!?」
先生の右手が伸びてきて、私の髪を耳にかけた。優しい目のままの先生は、なんだかいつもと違って……あれ、そういえば先生、メガネしてない…?
「あ、あの、せんせ」
「暖房ききすぎかな、暑くない?」
「大丈夫で、す、あの、先生、メガネ、どうしたんで、」
「メガネは机の上だけど」
え、そうじゃなくて!
なんだこの急展開!
先生は右手を私の耳の方に当てたままその親指で私の目元あたりをこしこし撫でるようにした。既に茹で蛸状態になっている私の顔と身体。回らない頭で必死にこの状況を理解しようとしても無理だった。
「先生、わ、私…」
「みょうじさん、いいもの、あげようか」
「、え」
そしたら先生が、もっとぐいっと近づいてきて、びっくりしてのけ反った。重力に負けて倒れそうになる私の頭を、先生の右手が滑って私の首のあたりで支える。そして、ゆっくりゆっくり倒していく。私の首に、ソファーのひじ掛けが当たった
「い、あの、せんせ、だ、」
「大丈夫、怖くないよ」
頭の中で警報が鳴りまくっている。本当にこのひと、先生!?いつもメガネ越しに見ていた先生の目が近くて、いつもより大人っぽく見えて、でも優しい先生の目で、先生の息で顔が溶けそうだ。どうにかして逃げないとと思う反面、願ってもみなかった、こんな状況にどきどきしているのも確かで、頭がおかしくなりそうだ。
みしり、ソファーが軋む音がする。のしかかってくる先生の重みが、温かさが、私を変な気持ちにさせた。
ピピピピピピピピピピピピ
「せ、先生っ、携帯、」
「大丈夫」
私の足の間に先生の足が割って入った。
そして、そして……
「先生っだめええっ!」