朝から色々あった今日も、正午を過ぎて、式の片付けを行う在校生以外のほとんどの生徒が帰っていく。私も例に漏れず、帰ることにした。

茉咲からもらったプレゼントの中身はシンプルだけどお洒落な定期入れとおめでとうカード。可愛い物好きな茉咲に似合わない物だったけど、私の好みに合わせてくれたのだろうか。あと、大学に電車通学するって話覚えててくれたらしい。素直に嬉しかった。帰ったらメールしようと思う。
それと、今度クラスで焼き肉行くから行かないかと誘われた。でも私バイトもしてないしお金ないんだよな。悩む。あんまりガヤガヤするの好きじゃないし。でもあのメンバーで会えるの最後かもだしなあ…浅羽とかは来なさそうだけど。いやもしかすると橘とかが連れて来るかも……



「あ、みょうじさん。もう帰るの?」


「え、あ、はい」


帰りがけ、偶然東先生に会った。……いや、違う。わざと国語科準備室の近くを通って帰った。東先生と会えたらいいなとか思って。私の読み通り準備室からそう遠くない廊下に東先生はいて、声をかけてくれた。自分から会いに行ったも同然だけどさっきモロに泣き顔を見せてしまったことが恥ずかしかったりする。


「すみません、なんかさっきはお見苦しいものをお見せして……」

「ん?何が?」

「あ……いえ、なんでもないです…」

先生は私の泣き顔なんか気にもとめなかったのか。いや、見苦しいって思わなかっただけですよねうんそう言っていただけてありがたいです私はい。



「さっきの手紙、嬉しかったよ。本当にありがとう」

「…いえ、そんな」

「……寂しくなるね」

「………」

だから先生そんなこと言わないでください。
聞いた瞬間叫びたくなった。すきですって。ずっと先生に国語教えてもらいたいって。


先生は、私が毎日国語科準備室に行って熱心に自主勉強していた理由を知らない。
しかも先生1人だけのときを狙って行っていたことも知らない。
科目の中で国語、特に古典を頑張っていた理由も、文学系の大学を目指した理由も、頑張って頑張って第一志望にした先生の母校に受かった理由も、知らない。

でも全部言いたくなった。わめき散らしたくなった。
…でも


「っ…、そう、ですね。私も寂しいです」


こんなことで先生を困らせるのも、いやなんだよなあ。


「またいつでも学校に遊びにきてね」


「はい」


多分行かない。
だって先生の生徒じゃなくなったら私絶対本気で告白する。
先生は凄く凄く困って、それから優しく断る。
もう生徒じゃなくなったからとか、そういうのは、先生には通じない。


「あきらも喜ぶから」

「そうですかね?」

「みょうじさんのこと気に入ってたし」

「私っていうより、うちの犬じゃなかったですか?」

「はは、そうかも」

東先生の幼なじみのあきらさんと、ムックの散歩中にたまたま会ったことが、あきらさんと仲良くなったきっかけだ。
それから一時期何度も私ん家に来てムックをなでくりまわしたいだけなでて帰っていったことがある。
あきらさんが学校に遊びにきてるときに会うと、必ずムックは?って聞かれて、学校につれてくる訳ありませんよって返すのが常だった。


「…………」

「…………」

「……っ、あのっ」

「あれ、浅羽くん」

「!!?」



「…こんにちは」

先生の言葉に、後ろを振り向くと思った以上に近いところに浅羽がほんとにいてびくうっ!と肩が揺れた。「あ、あさば!?」と私が言っても無視された。なんだこいつムカつく。


「卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

「まだ学校いたんだ。挨拶まわりしてきたの?」

「まあ…はい。今悠太待ってて…」

東先生と雑談を始める浅羽。いきなり割って入られた苛つきと、さっき私が言い切らなかった安心感が混ざる。


「……で、みょうじさん茉咲にお礼言いにいくって言ってたよね」

「え?あ、うん」

聞いてなかったけど、なんか真咲の話をしていたらしい。突然話を振られて焦った私を、やっぱり浅羽は無味乾燥フェイスで見つめた。


「…今茉咲春といるから。行こ」


言うだけ言って、ふらふら、と廊下を進みはじめた浅羽。

「え……あ、うん」

「じゃあ、」

「あ、はい、先生、ほんとに、ありがとう!」

「うん」


こうして、東先生とのお別れはものすごくさっぱりと終了した。自分でも驚く。でも、ちゃんと泣かずにはっきりお礼を言ってさよならできたことも嬉しかった。





無言で、浅羽の後をついていく。浅羽の、大きいけどなんかだるん、とした背中をみつめながら色々考える。


「……ありがと」


体育館横の茶道室に向かう途中、靴を履き替えてすぐ出た所でぽそりと言った。背中にかけた声が届いたのか、浅羽は立ち止まってゆるりとこちらを振り返る。


「…言わなくて良かったの」

「うん。…だって、先生、絶対困るしさ、」

「言いたくなかったの」

「……ち、がうよ………そんな訳ないじゃん……」


つい、声がくぐもって、目が熱くなった。今日はなんか、泣いてばっかで困る。泣くことなんか滅多にないのに。



「言いたかったよ………当たり前じゃん……さ、叫びたかった…すきって叫びまくって…それで……それで…先生困らしてやりたかった…!」


小さい嗚咽はやがて泣き声になって、濁点ばっかりの汚い声でわんわん泣いた。もう大分少ない下校中の生徒が視線を寄越すけど、卒業式なんだから多少泣いてるくらい不思議じゃないだろう。(これは多少、とは言いにくいかもだけど)
いよいよしゃがみ混んで泣き出した私。


「も、もっと……先生といたかった………まだ、私……先生の生徒がいい……っ」



浅羽はただ泣き崩れる私を、何考えてるのかわからない、でもほんの少し優しい、複雑であっさりした視線を投げかけていた。


「…ごめっ……私…茉咲んとこ…いけない……後でメールしとくから……」













「知ってるよ」







桜は、まだ蕾もつけていない










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