「藤ー」
放課後の保健室。ちなみに、我らが死神様、ハデス先生は例の如く出張中だ。
既に奴の城みたいになっている窓側のベッドに寝転がり、ここ1ヶ月くらいの量のジャンプを読み漁っている背中に声をかけた。
「なに?」
しかし藤はこちらを向きもせず、ジャンプのページをぱらりと捲りながら興味なさげに返した。私は藤の背中と対談中である。
「もうすぐ何の日か知ってる?」
「は?何だよ突然」
「いいから」
言うと藤は、少しだけ頭を動かして、考えているような声を出した。
「あー……建国記念日とか?」
「違う!いや確かにもうすぐ建国記念日だけど、違うの!」
藤にしては中々考えてものを考えたみたいだった。明後日は確かに建国記念日だ。けど私が言いたいのは違う。
「何だよ、いつにも増して面倒臭ぇなぁお前」
面倒臭いってなんだよお前それ私が彼女だったら即刻別れてたぞみたいな、つか藤ってこんな奴だっけみたいな発言。いいけどね私慣れてるから!
「あんたそれ他の女子には禁句だからね。つか私にも禁句だわバカかってちがくて、バレンタインだよバレンタイン」
「…あー」
さも嫌そーうな声を出す藤。
ただこの声の理由は、普通の男子とは違うのだ。
「今年は藤いくつチョコ貰えるかな」
「…お前そういう思い出したくないこと言うなよ」
「あんたのバレンタインデーに対する悩みは贅沢じゃない、ひとつも貰えない奴らに比べたら」
そう、この藤という男は、若干14歳という年齢にして類い稀なる端正な容姿を保持しており、多くの女子がこの残念すぎる性格を見ないまま奴に惚れ込むのだ。よってバレンタインデー当日は馬鹿みたいな量のチョコが手渡され、下駄箱・ロッカー・机などあらゆる藤個人のスペースにねじ込まれる。ほんとに段ボールで換算できる量。
「そういう問題じゃなくてだなあ…」
ああもうそういうのも嫌みに聞こえる私だって藤みたいに美しく生まれたかったってのに。
神様って残酷で非道だ。そして極悪だ。ヤクザだ。
「でもそのうちいくつか頂戴ね」
「お前もつくづく性格悪いな」
そのくらいしてもらわないと納得が行かないだけである。だって。ねえ?
「一緒に入ってる手紙とかプレゼントはちゃんとあんたに渡してるじゃん。つーか断らない藤も藤だと思うけど」
「渡し逃げしていくんだよあいつら…」
「うわっ、渡し逃げだってぇーキャーひっどーい!女の敵!」
「うぜぇぇぇ!
つーか、なまえはくれないの、チョコ」
「…チロルチョコならいいけど」
「今年もかよ」