放課後
夕方
私ん家。


いつもと変わらないけど、今日は久々に幼なじみの暦が寄ってる。蓮―――美作蓮太郎は、今日は放課後空いてないらしい。多分おばさんにこき使われてるとかそんなんだろう。


暦に断って、先に着替えさせてもらう。私は家ではあんまり制服でいたくない質なのだ。もちろん10年以上の付き合いになる暦だってそれを知ってるから、たいしてリアクションもない(というか、暦はリアクションがとてつもなく薄い)。

適当に、ロンTと学校の半ズボン(体操服)を来て今に戻ると、暦に「全然女っ気ないね」と苦笑いされた。


「うるさいなあ〜、自分ちなんだからいいじゃん。紅茶でいい?」


「うん、ありがとう」


うちのお母さんは料理好きで、お茶の道具とかは大概揃っている。あ、お母さんは今パート中。
台所でティーセットと、昨日お母さんが作ってたシュークリームを載せたお皿を2つ、お盆に載せて居間に戻る。暦はお笑い番組を見ていた。


「暦って、これ見て面白いって思うの?」


「面白いよ、普通に」


「笑わないのに?」


「あんまり顔に出ないだけだよ…ありがとう」


暦は紅茶を受けとると、ミルクを少しだけ入れた。
私は、砂糖2つ、ミルクはたっぷり。


「じゃあ、勉強しようか」


「あー、うん…」


「自分から教えてって頼んだ割には気乗りしてない顔だね」


「だーって…」


暦の教え方、精神的にきついんだもん…

その言葉は飲み込んで、じとーっと暦を見上げても、素知らぬ振りで、プツリ。テレビの電源を切った。







*********







「こーよみー」


一通りわからない所は教えて貰って、2人でまたテレビを見てた時だった。私はに思い出したことを口に出す。


「何?」


「今日はバレンタインだよ。知ってた?」


「知ってるよ」


「あ、そうなの?」


「今年は藤が同じクラスだからね」


「あー、そっか…」















「チョコ、くれないの?」


「え、あ、うん、ちょっと待って…」


そうそう、暦の分は家来るから学校に持って行ってなかったんだっけ。忘れてた。
毎年、もうほとんど形式的に渡すようになっているバレンタインチョコ。いつも張り切っているのは私よりお母さんだ。


「はい、こっちは蓮に渡しといてね」


小さな箱を2つ暦に渡す。
暦は私の隣に座り直して、「食べていい?」と聞いてきた。


「いいけど、シュークリームさっき食べたじゃん」


「んー」


がさがさがさ、と開かれる包みを見ていると、それ結構頑張ったのになあと少し名残惜しくなった。




「美味しい?」


「………」


「ね、暦?」


「……これ」


「?」


「義理?」


は?
どうしたんだこいつは。なんかいつもと違う。

いつもはこんなこと冗談でも言わないのに。私の頭はなんで、と、わけわからん、で埋め尽くされて、妙な緊張感を覚えた。

「…」


一瞬固まった後、少し考えて、言い逃れが出来ないことを悟った私は、ため息と共に顎を出して机に突っ伏した。


「…義理だと思うなら、そう思ったらいいじゃん」


あーこんな言い方だと色々悟られちゃうなー…もういいや、なんでも。

少し目を見開く暦の顔が容易に浮かぶ。想像して、なおさら憂鬱になった。


「…美味しい?」


出し抜けに、さっきスルーされた質問を問い直してみる。


「甘い」


「いやそれはわかってるけど」


「…甘い」


「だ、だからー」


「知りたい?」


その声に隣を向くと、暦はテレビに視線を向けていた。ミルクチョコに、ホワイトチョコを少し加えた母直伝の生チョコがひとつ、暦の口に消えた。


「え、あ、うん…」


返すと、暦はこちらを向いて首を伸ばしてきた。ぼーっとそれを見ていると、暦が近付いて、近付いて、近付いて…

音もなしに、距離がゼロになった。


「…こよ、」


「お代わり入れてくるね」


私の口には、半分溶けた甘めの生チョコだけが残った。
- ナノ -