その後なんとか取り繕って、逃げるように家から出た。
そのせいで、いつもより15分も早い。
「なんだかいきなり疲れたなあ…」
男女関係なく、誰もが浮き足立つ今日、バレンタインデー。
僕だって全く期待してない訳ではないけど、今まで母親と親戚の子(5)にしか貰ったことのない僕には夢を見るくらいの淡い期待だ。
女の子と話さない訳じゃないんだけどなぁ…。義理チョコくらいなら、と毎年思うんだけど、それも未だ叶わない。
それに僕だって好きな女の子くらいはいる。しかも仲は悪くない。まあ凄く仲が良い、って言うほどじゃないけど。
ピュオオと、冷たい北風が突き抜けて、僕はマフラーに顔を埋めた。
いい加減温かくならないかな…。バレンタインは冬ではなく春にするべきだと思う。報われなかった人達に冬の冷たさは辛いから。
正門をくぐって、下駄箱まで行くと、藤くんの下駄箱はもう閉まらないくらいのきらきらてらてらした包みでパンパンになっていた。
…うーん、報われすぎるのもしんどそうだな…。
藤くんは貰った物を捨てることはしないから(彼はそこまで酷い人じゃない)、去年も紙袋を何袋も持って帰ってたのを、まだ話したことはないながら見ていた。そういえばチョコ、いつもどうやって消費してるんだろう?
1人で…は、さすがに無理だよね?
「やっぱ凄いなぁ、藤くんは」
そう言っている間に、また女の子が藤くんの下駄箱にチョコをつめた。
2階に上がると、一気に静かになった。多分藤くん目当てで早く来た女の子達は校門で出待ちしてるんだと思う。
普通だったらほとんど生徒はいない時間だし。
廊下の突き当たりの、A組のドアをガラガラ、と開ける。それが今日はとても頼りなく聞こえた。
ああ、やっぱり誰もいな―――
「お、アシタバ。はよー」
「ぅえっ、あっ、みょうじさんっ!!?」
ガタガタッ。
背中が勢いよろしく、ドアに当たって大きな音がした。な、情けないな…我ながら…。
「リアクションでかすぎでしょ」
そう言ってからっと笑う彼女。少し暑い。
「いや、誰もいないと思ったから…」まあこんな時間だしね。
呟いて、みょうじさんは茶色いものを口に運んだ。
よく見ると、みょうじさんは藤くんの前の席に座って、彼の机の上で山積みにされているチョコを食べていた。
「勝手に食べてもいいの?それ…」
「さあ?」
「さあって…」
「いいじゃない、どうせ毎年藤が1人で食べてる訳じゃないんだろうし。藤の家族の口に入ろうが私の口に入ろうが一緒よ。というか私、これのために早く来たんだし」
飄々と言い放つ彼女。多分止めてもみょうじさんは聞かないだろうから、それ以上は口を挟まないでおいた。
「それよりアシタバ、朝っぱらから随分疲れてるみたいだけど、どうしたの?」
「あー、いや、その…」
「歯切れ悪いねー。妹ちゃん関係?」
「うん、まあ…」
仕方なく、僕は今朝のことをみょうじさんに話した。多分彼女は僕が話すまで絶対諦めないだろうから。
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