『保健室』とは。





学校内において病気やケガをしてしまった生徒に、養護教諭が優しく対応し、
介抱してくれる――…


と、一般的に温かく健全なイメージを持たれがちだが、私に言わせれば保健室は仮病を使って授業中ぬくぬくベットに潜れる格好の"サボり場"である。


しかし私はその"サボり場"をあまり使わない。いや、使えない。
ここ常伏中学校の保健室の先生、沙織先生というのはなかなかの美人だが、すぐ私の仮病を見破ってしまうのだ。

だから1年の頃の私は専ら立ち入り禁止の屋上で、ひっそりと作っておいた合鍵を使って授業をサボっていた。


しかし2年に上がった、2学期の始業式。

今日も今日とてつらつらつらつら長い話を教頭がした後(なぜ校長がしないんだろう)、出席番号1番、先頭の暇で暇で仕方ない私が教頭のネクタイのボーダーの数を数えていた時、その吉報はやって来た。

『――長らく我が校にて、実に模範的に保健室の先生を勤めて下さった沙織先生が、ご結婚のため退職されることになりました』

あららー、教頭先生残念だネー。沙織先生にお熱だったのに。まあ沙織先生が教頭先生なんか気にする訳ゃないけどー。


えーと、ざわざわする体育館の中、ぼそぼそ私が呟いたら、隣に座る友人(♀)がよく言ったとばかりにクスクス笑った。

しかし教頭の思考とは反対に、私は少し嬉しかった。
あの口うるさい沙織先生がいなくなるんだ。
もしかしたら次の先生は上手く言えばサボらせてくれるかもしれない。


『そこで誠に残念…あ、いや。新しい養護教諭の先生を紹介します』


あ、やっぱり残念なんじゃん。と言うと、隣でクスクス笑いが酷くなった。

教頭は向かって右を向いて「ほら君、さっさとせんか!」と手招きする。

呼ばれた方は慌てたようで、
「す…すみません…緊張しちゃって」

とわたわた壇上に上がってきた。
髪は長いが、声からして男だ。アガリ症なのだろうか。気が小さい先生だったら上手くまるめこんでサボれるかも。


彼は教頭の近くまで来たときに自分の足を引っ掻けてよろめき(バカだなー)、そして

びたんっと、


『っ!?』


右手をおもいっきり教頭の顔に叩きつけた。
教頭の声にならない驚き声がマイクから流れ出る。

ひゅー、やっるー。

『な…き、君!!気をつけてたま………え…?』



そう思っていたら、教頭の声が明らかに色を変えた。


その理由は、最前列の私には嫌でも分かる。

新しい養護教諭の右手が離れた教頭の顔には、手のひら型に赤いドロッとした液体がべっとり………って、

え!?血!?


自分の学校の教頭が血まみれになるというホラー現場を見せつけられた私達生徒はまたざわざわとやりだした。
その間教頭はゴロゴロジタバタと悶えながら、恐怖に大声で叫び回っている。

そんな教頭に新しい養護教諭はすみません、それはさっきこぼしたマーキュロクロム液を掃除したときに…と、弱々しく弁解していた。

が、きっとこの小さな声は前列にいる私達にしか聞こえないだろう。きっと彼の疑いが完全に晴れるのはまだ先ということだ。

転げ回る教頭、ざわめく生徒達に、どうすればいいか迷った先生は、おずおずと自己紹介を始めた。

『は…はじめまして。派出須逸人(ハデスイツヒト)と申します…

保健室を…
誰でも気軽に利用できる癒しの空間にすることが僕の夢です…
病気やケガだけでなく…
何でも相談に来てください』

マイクから発せられた弱々しい声。
その主は、顔にまで垂れた灰色の髪、見開かれた瞳、肌色とは言えない、もはや油ねんどみたいな色の肌、ヒビの入った顔(あれは健康面で大丈夫なのだろうか)。
しかも本人的には笑っているのか、口角をひきつらせた口に冷や汗を見たら、


もうホラーだとしか思えない。








保健室の死神 第1診







彼が放つ何のへんてつもない「よろしく」が、地獄の底にいる死神の最期のお告げに聞こえた。

始業式が終わった後も色々彼の噂がたち、彼の周りには誰も寄り付かなくなった。まあ分からなくはない。




- 1 -



<< >>