その後私は久々に体調も万全のまま、腹痛ひとつも起こすことなく無事に帰宅した。
「ただいま」
と言っても、誰もいない訳でして。防犯のためにと思って「行ってきます」と「ただいま」はくせにしているけど、なんかやっぱ、たまに虚しくなる。
時計の針が動く音しかしないこの大きな箱に、鞄をおとした。
適当に長袖と半パンに着替えてから、夕飯のご飯を炊いて朝残しておいた洗い物をして。洗濯物は晩でいいやと思って、適当に持ってる映画を流す。ポテチを食べながら、夕飯は余り物で何か作ればいいかなとか考える。と。
「あ、牛乳切れてんの忘れてた」
映画の中で主人公の妹が森の妖精を見つけたところで思い出した。
買いに行かないと。
丁度小さめだったポテチを食べきって、私は何十回と見た映画の電源を切って外に出た。
スーパーは商店街の先にあるから必然的に商店街の中を通ることになる。行きはそうでもなかったのに、牛乳を買って帰ってくると商店街はおばさんたちで賑わっていた。八百屋、肉屋、魚屋、惣菜屋とかの他に服屋や雑貨店とかファーストフード店とかが連なってるごく一般的な商店街である。私は買い物するから通いなれてるのであそこの八百屋が安いとか、この店の厚揚げが美味しいとか、そういうことについては中学生ながら精通している。
「お、莉沙ちゃんじゃねえか!」
…こういうことにも、だ。
「こんにちは」
「今日は買ってかないのかい?」
「まだ家に野菜残ってるんでー」
「そうか〜今日は良いトウモロコシが入ったのにな〜」
「トウモロコシ?」
「おうよ!甘えぞ〜これは」
トウモロコシ…美味しいんだよなー。
「あ、安い」
「どうする、買ってくかい?」
「…お、親父さん意地悪いですよ〜」
言うと鉢巻きを巻いたいかにもな八百屋の親父さんはがっはっはと豪快に笑った。
「まあ莉沙ちゃんには贔屓にして貰ってるからな、3つ買ってくれたら2つ、おまけでくれてやるよ」
「まじでか」
シャキーン
「買ってしまった」
牛乳パックの入った袋に、トウモロコシ5つが入った袋が右手に追加された。
…しばらくはトウモロコシ祭りだなーこれ。
「あ」
商店街の角を曲がる。と、ひょろっとした真っ白い人が目に入った。その隣に……ん?
「ハデス先生と……アシタバ?」
不思議な組み合わせに出会ってしまった。今日の昼休みの会話も思い出して、なんかめんどくさそうな匂いがする。
「藍田さん!」
「やあ藍田さん…奇遇だね」
「ど、どうしたの…?」
びっくりしながら問うアシタバに、右手を持ち上げて見せた。
「買い物。先生達こそどうしたんですか」
「アシタバ君ともさっきそこでばったり会ったんだよ」
にやっとして嬉しそうに声を弾ませたハデス先生。アシタバを見ると、いたたまれませんと顔に書いているような表情をしていた。
平日の夕方に、何で保健室の先生と男子学生が一緒に?と考えた時、今日のシンヤの会話を思い出す。そういえばなんかアシタバも誘ってみるとか言ってたっけ。アシタバは断れないだろうなあとか思ってたけどやっぱりか。というかこれ尾行じゃなくて同伴じゃないのか。シンヤ本人もいてないし。
「へえ……ばったり……」
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