「知り合いだったの?」

アシタバが問うと、藤は全然、と否定した。鏑木さんはと言うと顔を引きつらせたまま冷や汗でこちらに横目を向けている。
藤はこの話には割りと興味があるようで(いつもならこんな深入り滅多にしない)、こう続けた。


「向こうが有名人。隣の根多切区の不良を数ヶ月で壊滅させたって噂の女で、自分からケンカをうることはないが売られたケンカの勝率は100%。で、ついた二つ名が"返し刃"っての」


確信を付かれたようで、いよいよ鏑木さんの額ににじみ出る汗も深刻になってきた。無理して丁寧に振る舞って微笑んでるみたいだが、顔には凄く正直な焦りが見えた。


「なっ…い…いやですわ、私、とてもケンカなんて………人違いじゃないですか?」


んーでもまさかこんな娘にそんなおっそろしい二つ名があるようには見えないんだけど…もしかしてこう見えて実はめっちゃ不良だったりして……あ、やべ、それ若干面白い。


その間にも彼女は「あ…先生ボタンのところほつれてますよ。良ければ私直しますけど…」と、素敵な笑顔でハデス先生に話しかけていた。

「えっ、そんな…でも僕のために君の手にリスクを負わせるわけには…」

いやどんなリスクだよ。
せいぜい多少の手の疲労感とか針が刺さった指とかそんなリスクだろーが。




「おい藤謝れよ!ありゃどう見てもオマエの人違いだろ!
あとアシタバ急いで俺のボタン引きちぎれ」


…ハデス先生もたいがいの天然だけど美作も同じくらい馬鹿だよな…。

唐突に話を振られたアシタバは明らかにキョドった。
「そ、そんなムチャな…」

「そんなに服いらないんなら私が下着までビリビリに破いて修復不可能にしてあげるけど美作」

「スイマセン言い過ぎましたァ!」


私が美作を落ち着かせると(いじめてる訳ではない)、藤が「どーだかな」と呟いて机から柿を一つ掴んだ。



すると何を思ったのか、いきなり前方の、ハデス先生と鏑木さんのいる方向にその柿を投げつけた。


シュッっと気持ちの良い音が出た!バックスピンが程好く効いててってそうじゃなくって、


「あっ、ちょっと藤!」


私がそう声に出した時だった。

私達には背を向けて、ハデス先生と(引きつっていたとは言え)談笑していて、確実に藤の投げた柿の軌道なんて見えていたはずのない鏑木さんが、ビュッと左手を投げ出し、
 
 
バキャッ



……柿を木端微塵にした。






「………」

「………」

「ほら見ろ」

「………」


いや『ほら見ろ』じゃねぇだろォォォ!!


ていうか、あれ?幻覚が見えたのかな?なんか物凄いスピードで柿が『柿だったもの』に成り下がっちゃったんだけど。もう残像しかさっき見えなかったんだけど。
これ人間技?




「………っ、くっ…!」


そのまま彼女、鏑木さんは保健室を飛び出て行ってしまった。


「あっ、逃げた!」


あーあ、あんな執拗に追い詰めるから。鏑木さん可哀想。


「あの子………」

ふいに低い声が聞こえて顔をあげれば、ハデス先生がじっと扉を見詰めていた。そう、まさしくそれはあの時と同じ表情…








「藤!!オメーのせいだぞ!」

そう怒鳴りつける美作に、藤も負けじと大声を出す。

「確認しただけだろ!」



「確認しただけ、じゃないわよ」

「なっ……藍田まで…」

「当たり前よ、明らかに聞かれたくなさげだったのに、あんなほじくり返すようなことして。ちゃんと反省してもらうからね」


「はぁ!?何言って……」


抵抗する藤を美作に押さえて貰って、私達生徒は鏑木さんに謝るべく鏑木さんの捜索を開始した。
いくら苦手な藤だからって、これだけは食い下がれない。可愛い女の子のためだもの。
 


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