日曜日
夜の11時を回ったところだ。

土日にだらけて放っていた宿題をさっきやって、部屋で音楽を聞きながら一息つく。
静かな家の中。お母さんとお父さんは仕事の有給とって明後日までデートに行ってる。2人は大分仲が良いけど、私が大きくなるまで泊まりのデートは我慢してたらしい。なんか申し訳ない。明日は結婚記念日だから、娘としても楽しくやってて欲しいなと思う。1人大丈夫かとお母さんに心配されたけど、私ももう高校生だしいざとなれば兄(独り暮らし中)を召還すればいいのだと説得した。お兄は他県だけど。
という訳で独り暮らし疑似体験中の私だが、誰もいないとやっぱ暇だしもうちょっとしたら寝ようかなーとか思ってた頃である。


部屋に宇宙戦艦ヤマトが鳴り響いて思いっきり肩が跳ねた。震えていた携帯を見ると、黄瀬くん……また勝手に着メロ変えやがったなこいついつの間に…!

しばらく悩んだけど鳴り止む気配がなかったので仕方なくそれを耳に当てた。


『あっもしもし!?もー出るの遅いっスよお〜俺もうさあ』

「黄瀬くんまた私の携帯勝手にいじったでしょ」

『へ?』

「だから着メロが変わってる」

『ああ!』

「「ああ!」じゃないよ何回言ったらわかんの勝手に人の携帯をね」

「わあああごめんごめん、でもさ、名前っちも部活中携帯放って置いたままフラフラどっか行くの止めた方がいいっスよ!」

「え?」

「だから昨日の休憩中俺の鞄の近くに携帯置きっぱなしだったんだって」

「そうだっけ…」

「ほら!無用心スよ!」

「関係ないよ勝手にいじる君が全面的に悪いでしょ」

「なんか酷い!」


みたいな感じで広がっていく会話はただの雑談である。しかも気付いたらもう今日も十数分で終わりそうなんだけど。もう寝たいんだけど。


「…ていうか黄瀬くん一体何の用で」

『明日ってさ!何の日か知ってるっスか?』


夜なのにテンション高めだった黄瀬くんがより盛り上げてそう聞いた。

明日?
明日……明日……あ。
はっはーん。


「明日?明日は平日でしょ?一週間でも最悪で皆から毛嫌いされる月曜日だよね」


すると携帯の向こうでコオオッと何かが急激に枯れたような萎んだようなよく分からない音がした。


『………俺今泣きそうっス』

「ぶふっ」


しわがれたか細い声に思わず噴き出した。それでスイッチが入って、お腹がいたくなったけど根性で我慢した。


『へ…?』

「じょ、冗談だよ…ごめんごめん。勝手に私の携帯いじくったお返し。…誕生日おめでと、黄瀬くん」


自分をよく頑張ったと激励したい。明らかにキャラではない発言である。いや、おめでとうくらい私は言えるはずなんだけどなんか……ねえ……ていうか黄瀬くん自分で電話してきちゃ駄目でしょ…そんなことしなくても私普通にメールするのに…。


『………』

「………あの、き、黄瀬くん?」

そしたらなんかドカッとかバタバタッとかいう不審な音が向こうで聞こえてきた。え、なに?大丈夫と聞くと検討違いな言葉を返された。


『今っ、家?』

「?うん」

『いっ…今から!今から行くからっ!ちょっ、待ってて!絶対行くっスから!寝ないでよ!?』

「えっ?なん、」


切られた。え?なに?なにごと?行くってなに?もしかして来るの?まじで?夜中の12時に?

しばらく放心しているとピンポーンとチャイムが鳴った。え?もしかして黄瀬くんもう来た?いくら何でもはやくない?猛ダッシュしても黄瀬くん家からここまで5分はかかるはずである。部屋から出ようとして、机の上にある、明日黄瀬くんに渡すはずだったプレゼントをついでに渡そうと思って取った。








玄関を開けるとTシャツとジャージのズボンでいかにも寝る準備万端でしたみたいな格好の黄瀬くんが肩を大きく揺らして息をしていた。それでも格好いいんだからなんか彼女なんだけど恨めしい。自転車乗ってきたのかと思ってたからちょっとビビった。


「ど、どうしたの」

同じくタンクトップと半ズボンで寝る準備万端の私が言うと、彼は至極真剣に返した。

「もっかい!」

「…は?」

「いや、だから、名前っちの声聞いたら、ちゃんと会ってお祝いしてほしくなって」

「………」

「………」

「…え、それだけ?」

「うん」

黄瀬くんバカだ。思った瞬間笑いが込み上げてきた。


「えええなんで笑うんスか!」

「だって、別に明日会えるんだし…っていうか近所迷惑だから静かにね」


あああそうか、って慌てる黄瀬くんが可愛くて笑うとまた笑ったと怒られた。


「でも俺は今会いたくなったんスよ?っていうか名前っちが可愛いのが駄目なんス!」


不意に可愛いとか言われて柄でもなく照れてしまった。集まる熱をまぎらわすように喋る。


「な、なにそれ…あ、そうだこれ」

「これ…俺に!?」

「本当は明日渡そうと思ってたんだけど。はい、黄瀬くんお誕生日おめでとう!」


大きめの包みを差し出す。さっき散々笑ってたから笑顔も結構自然に出せた。


「っ……名前っち可愛いいい!!」

「え、わっ」


「可愛い」を連呼されながらプレゼントごと抱きしめられて硬直した。目の端に、黄瀬くんの長めの黄色い髪の毛がひらひら揺れる。せっけんと汗の交ざったよくわからない匂いと、黄瀬くんの匂い。密着する肌。それだけでも十分心臓が爆発しそうなのに私の首に顔をうずめて「可愛い可愛い」って言うから、言葉と、黄瀬くんの顔に劣らず格好いい声と、首筋にかかる息で私の頭は真っ白になっていた。


「きっ、黄瀬くん、あ、あの」

「もう一個、誕生日プレゼントおねだりしていいっスか」

「へ、」

「その、黄瀬くんっていうの、そろそろ涼太に変えて欲しいっス」







青少年
ジューン・ブライド








(ちなみにプレゼントは…)
(この間き……りょ、涼太くんが欲しいって言ってた低反発まくら)
(渋い……あ、でも名前っちが最初2、3日使ってくれたらもっと嬉しいっス)
(そういう変態くさいのは却下で)



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