通勤ラッシュで満員になるバス。
とんでもないほど人が詰め込まれ、身動きが出来なくなる。自分の前に中年のおじさんが来てしまった日には最後、リバースしたくなるような口臭に約20分耐えなければならないような、正直嫌なところしかないようなこのバス通学ですが、ここ1週間ほど私には楽しみがあります。


それは、同じく1週間前から、全寮制の名門高校の寮棟がメンテナンスのために生徒達が学園外の仮寮棟に住まうようになったこと(噂で聞きました)に関係があります。

いつもの車内、いつも見ないその制服の中に、『彼』を見つけたのです。


風貌だけ見ると、他の乗客より頭いっこ飛び抜けて大きいし、耳にピアスいっぱいあけてるし、髭はえてるし(整ってるけど)、頭の真ん中だけ金髪だしで、正直すごくこわい。
でも、彼はいつも熱心に英単語帳とか、ノートとかを読んでいて、本当は真面目なのかなあって思っているうちに、自然と彼を目で追うようになっていた。

で、でも本当に良い人かどうかはわからないし…それに、何より名前も知らない男の子だ。
通ってる学校しかわからない男の子に告白するなんて恐れ多いことまず出来ないし、私自身告白するほど好きなのかはまだよく分かっていないので、私はただ寮のメンテナンスができるだけ遅くなることを願って毎朝彼を目で追っているだけだった。それだけで幸せだった。







…のに。








一体どういうことでしょうか。


揺れる車内。
蒸し暑い温度。
密集する人々。
いつもと変わらないバス車内ではあるのだけれど、




「(ち、ちちち近いいい……!!)」


目の前には赤と黒のストライプのネクタイがどアップ。
…そう、今私、『例の男の子』と向かい合う形で電車に乗ってしまっています。
というか、もうこれくっついてるレベルの問題じゃないよね、いや毎日そうなんだけど、スーツのおじさんとかと向かい合うのとはわ、訳がちがう!
どちらかというと、ぶつかってるみたいな表現の方が正しいような密着の仕方。言わずもがな私の顔からは火がふいている。


わ、ああああどうしようなんか香水の匂いとかする!身体おっきいなあ……って変なこと考えない私ぃぃぃ!!
変に押しちゃったりしないかなあとか汗臭かったりしないかなあとか顔赤いの気付かれたりしないかなあとか心臓の音聞かれたらどうしよう、とか、そんなことばっかり考えてうつむく。

いや、前見てても相手の子のほうが大きいから目が合うことはまずないんだけど…。


「あの…」


あああ本当はこの状況を満喫したい所なんだけど、いざそうなるとなかなか出来ないんだよなあ……!


「あのう、」


「え、……っ!!」


ふいにかかる声。見上げるとずっと遠くから見ていた彼がいて、こっちを見ていて、視線が、彼のつり上がった目が、こっちを見ていて、今、確実に、視線が絡まってて、

ぶあああっとまた一層身体中熱くなるのを感じる一方、こんな声してるんだって、他人事みたいに考えている自分もいて、3秒くらい、固まってしまった。


…わ、私のことか!

頭が働き出して、そう気付くことができたけど上手く喋れない。その間に彼は、遠慮がちに続けた。


「顔火照ってはるけど、大丈夫っすか?」




バレてるぅぅぅ!


「い、いやあの、だだだ大丈夫ですっ」


「せやけど、大分しんどそうやし…酔うたんやったら一旦降りて休んだ方が…」

「え、や、あの…!」


何やら彼は関西あたりの訛りでそうおっしゃった。見た目も声の印象も優しげとはとても思えないけれど、丁寧に言葉を選んで喋る様子に気遣いが感じられる。と、いうか近い…!い、息がかかる…!
猛烈に働きまくっている私の心臓に気付いているのか、彼は私が否定しても心配してくれている。でも、確かに今の私は気絶寸前だ。違う意味だけど。


「坊、何してはるんですか?」


彼の背後からそんな声がして、ひょっこりとピンクの髪の毛が特徴的な男の子がこちらに顔を覗かせてきた。同じ名門校の制服を纏うその男の子は、いつも彼と、もうひとりの子と3人で駅を降りている。お友達なんだろうか。


「あら、かいらしい」

「…志摩、やめえて。この人なんや酔わはったらしいから、ちょお言うてくるわ」

「そ、そんな…っ!」

「すんませーん!」

私はまた違う意味で赤面してしまうことになった。元来内面的である私にとって、たくさんの人で溢れ返るバスで注目を浴びるのは自然と委縮してしまう。まあ、事情はすべて彼が運転手さんに話してくれたので、私が話すことはなかったのだけれど…。


「じゃあ俺しばらくこの人に着いとくからお前らは先学校行って先生に言うといてくれるか」


「わかりました」


「坊だけ女の子とサボりとかずるいわあ」

「し、志摩さん…」


「サボりちゃうわ!」


「間違い起こしたらあきまへんえ」


「おっ、起きるか阿呆おお!!!」



「ほな、お大事に」

「お大事に」

「あ、ありがとうございます…」


彼のお友達に見送られてバスを降りる。運転手さんからもお見舞いの言葉をもらってしまった。少し罪悪感が残ってしまう。でも私はそれよりも、これから彼と2人きりになってしまうことの方が問題だった。


「…あー、すんません、連れがどうも」


「や、私こそすいません、わざわざこんな…!」


「いやいや。…取り敢えずそこ座っててください。なんか飲み物買ってくるから。緑茶でええですか」


「あ、はい、って、え、そんな…!」


私があたふたしているうちに、彼は自動販売機の方に駆けていってしまった。私は仕方なく、言われた通り近くのベンチに座っておく。


「ふう…」


なんだか、よく分かんないけど凄いことになってしまった。夢みたいだ、と呆然とする。彼は予想以上に良い人だった。バスの中でも降りるまでずっと人混みから私が離れられるように庇ってくれたり、バスが揺れると私を支えてくれたり、ぎこちなかったけどそんな気遣いが、その、嬉しかったです…。
お礼とかしなくちゃなあ…あわよくばもっとお話、したいし…というか私、まだあの人の名前も知らない…。


「はい、これ」


「!ありがとうございます!」
彼は2本の緑茶のうち片方を渡してくれた。緑茶はひんやりとして気持ちいい。


「まだしんどい…ですか?」


「いえ、大丈夫…次のバスには乗れると思うから……あとあの、敬語使いにくかったら良いですよ、私1年だし…」


「あ、なんや、同い年か。俺もずっと堅苦しい思てたから良かったわ、ありがとう」

「そんな、私こそこんなに良くしてもらって、ありがとう」

「!、そんなん気にしやんでええねん…」


視線を下げて、照れたように赤くなる彼は、失礼かもしれないけど、可愛いと思った。「…暑いな」と言ってペットボトルを豪快に飲み干した彼にならって、私も一口だけ、口に含む。冷たいそれは爽やかな香りで喉を冷やしていった。


「あの、名前…」


「え?」


「名前、何て言わはんのかなて…いや、特に理由はないんやけど」


ずっと、名前を聞くタイミングを探していたのだけれど、彼本人から聞いてくれたことが、なんだか…名前を聞かれただけなのに嬉しくて、トクンとした。


うわ、私、ほんとにこの人のこと好きになってるのかも…!



「っ、苗字です、苗字名前…!」


一目惚れだなんてと、皆言うかもしれない。私も正直、そんなところがあった。でも、やっぱり


「俺は勝呂竜士や。よろしゅうな、苗字さん」


好きになってしまうのに、理由はないのかもしれない。


「は、はいっ、よろしく…!」




ハイスクール*ララバイ







思わずへにゃっと変な顔をして笑ってしまった私に、彼――勝呂君も、ぎこちない笑顔を返してくれた。
それから、バスで会うと挨拶するようになって、いつも嫌いだったバス通学が、一日の中で一番の楽しみになりました。








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実はこれから学校の友達に相談したり勝呂君にお礼したりひょんなことからメフィストさんに気に入られたり色々する連載を目論んでいたりしました(^o^)


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