「うわ、降ってきた」


「うそー、私傘持ってきてないよー」


クラスメイトのそんな会話が聞こえて、窓に目を向けると、確かにパラパラと雨が降りだして来ていた。
だんだんと、雨の知らせは教室中に広がり、学校終わるまでに止むかなあとか、そんな会話でざわめく。先生が授業中だぞといさめると静かになって皆前を向き直したけれど、私はそのまま窓に視線を向けたままでいた。


…よかった。そう心の中で呟く。今朝、お母さんに降るかもしれないからと無理やり傘を押し付けられたのだ。その時は邪魔だなあとしか思ってなかったけど、母の勘ってすごいなあ。感謝しないと。




パラパラと降りだした雨だが、やがて雨脚は強まり、帰る頃には本降りになっていた。沢山の人が諦めて教室でおしゃべりしながら雨宿りするなか、私はちょっとだけ優越感に浸りながら下足に履き替えた。


「……あれ、ない」


下足箱の隣にある傘立てを見ると私の傘はなくて、何本か、持ち主不明のちょっと古い傘が隅っこにあるだけだった。
でも、確かにここに差したはずなんだけど……焦っていると、バサッと傘が開く音がした。何気なく視線を動かすと、男の子が紺色の傘をさしながら歩き出すところだった。



「あっ!っあの!すいません!」


「? あ、苗字」


「あ、安田くん!あのそれ、その傘、私のなんだけど」


ばしゃばしゃ。
雨の中、咄嗟に駆け出して捕まえたら、その人は同じクラスの安田くんだった。
捕まえにいくまでに少し濡れちゃったけど、気にはしない。


「え、マジで!ごめん俺古そうだったから置き忘れの傘だと思った!」


「私の傘こないだ壊れちゃってお父さんのお古借りてきたの。っていうかちゃんと名前ついてるよ苗字って!」


私が傘のえのところにあるマジックペンの名前を指差すと、安田くんは気づかなかった!と軽い調子で言った。


「あんま怒んなよ。俺急いでてさ、ちゃんと見てなかったんだって」


「もういいよ。傘返して」


「えーっ」


「なんでえーっ!?」


言うと安田くんは考えるように短く唸った後、お前家どこって聞いてきた。か、会話になってない!


「3丁目のそろばん教室の前……」


言ってから気付いた。こんな簡単に男の子に家の場所教えて良かったのかな…!なにしろ相手はあの安田くんだ。きゅ、急に怖くなって来た…


「なんだ、結構家近いじゃん。方向も同じだし!」


そう言った安田くんはものすごく、ものすごく自然に「傘入れてくれよ」と続けた。


「え………てなっ!なん、なんで!他の傘あるじゃん!」


「やっぱりよく考えたら古い傘って汚そうじゃん?お願いします!今度なんかおごるから!」


「えええっ……で、でも、」


「いやいやいやいや!本当に俺急いでんだ!大丈夫だから、行こう!」


何が大丈夫なのかは分からないけれど、安田くんはそのまま私の手首を掴んで歩き出した。安田くんの手は、予想以上に熱かった。


「(……どうしよう、)」


このまま変な噂とかたったっちゃら私……あああああ…!
それでも、男の子との慣れない距離に緊張して、顔の熱はあがっていく。ちらっと横を見ると、安田くんの向こう側の肩が傘から落ちる雨水に濡れて、上着の色を濃くしていた。







水色の境界線











「あれ、苗字ちょっと濡れてる?」


「あ、うん、さっきちょっと」


「家帰ったらちゃんと髪乾かせよ?」



「!あ、ありがとう」


「……濡れてる、濡れてる……ちょっとエロ「安田くん嫌い」…!」




thank you by にやり