「うんうん、旦那が淹れてくれた珈琲は格別だねえ」「それはどうも」
「おいちゃん普段は珈琲なんて飲まないけどさぁ、四木の旦那が俺のために淹れてくれた珈琲と聞いたら飲まないわけにはいかないよねぇ」
「その割には涙目ですが」「はは、まさか。ブラックはちょっとキツいなーとか思ってるわけじゃあないよ?……げほっ」
「飲めないなら、初めから飲むな」


舌を出して苦渋を噛んだ顔をする目の前の人物を一瞥すると、だって旦那が俺のために…と頭をうなだれて先程聞かされた同じような譫言を繰り返すその様子には悲しいかな、もはや慣れてしまった(最初は気持ち悪くて嫌悪感を剥き出しにしていたのだがこの男はその程度で怯むことは決してない)。
飲めないのであれば砂糖なりミルクなり加えればいいのに、眉間に皺を寄せながら我慢して飲む姿はあまりにも滑稽だ。

「あー…苦い…」
「確か赤林さんは珈琲より紅茶の方がお好きなんですよね」
「うん…って旦那知ってたの!?」
「ええ」
「それは嬉しいねぇ!」

そこは普通ワザと苦手な珈琲を飲まされたことに怒るところではないのか。
鈍感と言うべきか、些細な嫌がらせに気付かない相手に苛つき、つき合いが長いせいで興味の毛ほどもないあんたの嗜好品を嫌でも覚えてしまっただけだと、付け足そうとしたのだけど。いつも人を小馬鹿にするようにへらへら笑う顔と違い、言葉通り本当に嬉しそうな顔をするものだから力が抜けて何も言う気が起きなくなってしまった。
…こういう人のことを天然と呼ぶのだろうか(そんな可愛いものでは済まないと思うのだが)。

「俺もねぇ、ブラックは飲めないけどかぷちーのとかいうやつなら飲めるんだよ?あれミルク入ってるしさぁ」
「赤林さんてそういった単語似合いませんね」
「ひどい!旦那ひどい!」「貴方が紅茶好きという時点で私は結構引いてますが」
「なんで!?」

杖を振り回しぎゃーぎゃー喚く相手を無視して、ソーサーにカップを置く。
別に紅茶が嫌いなわけではない。
茶葉が織り成す独特な香りは悪くないし、味だって好きな方だ。
けれどこの珈琲特有の挽き立ての豆の香りが辺りに漂い、鼻腔を擽る感じが心地良い。砂糖やミルクを加えず、舌を痺れさせるような苦味だからこそ深く味わえることが出来る。

「旦那はそんな苦ったらしいものよくグビグビと飲めるよね」
「貴方が子供舌なだけでしょう」
「酒飲めるよ?」
「ビールは飲めないくせに」
「ぐっ…」

そもそも酒と比べるもんじゃないだろうが。
悔しそうに口を噤む顔を見ながら再びカップに手を伸ばし、こくりと一口喉に流す。香ばしい香りが鼻孔を突き抜けるのを感じやはり珈琲はエスプレッソに限るなと思いながら、もう一口飲もうとした時だった。
突然影が落ちてきて、気付いたときには視界があの趣味の悪い眼鏡の色に染められて。
一瞬、思考が停止したものの、唇と唇が触れ合って更には口内にねじ込まれた舌先を噛む程度には、反応できた。

「〜〜〜〜〜〜っ!!」
「行儀が悪いですよ、赤林さん」
「いやー、この方法だったら珈琲も美味しく飲めちゃうなーって思って」
「相変わらず拙い発想で何より」
「それちっとも褒めてないよね」
「それよりぶちまけてしまった珈琲と割れたカップは誰が片付けてくれるんですかね」
「か、片付けまーす!」


ついでに旦那の珈琲も煎れなおしてくるね!

そそくさと逃げるように部屋から出ていく後ろ姿は、この極道の世界で畏怖されている人物とはあまりにも一致し難く、情けない。
呆れてものも言えなくなり、溜め息を一つ零すと、ふとテーブルの上に残った白いカップが目についた。
二人しかいない部屋で、誰が使用していたかなんて分かりきっているそれの中身は、あと一口分といった液体が残されていて。
眉間に皺を寄せながら涙目になって飲んでいた姿が脳裏に蘇り、思わず吹き出してしまいそうになる。

(…本当に、子供みたいなお人だ)

見ていて飽きないうえに、正直そういったところに惹かれた部分も確かに、ある。

そんなことを本人に伝えようものなら、調子に乗るので決して口にはしないけれど。

次は紅茶でも淹れてやるか、なんて。

らしくない気まぐれを再び起こそうとした程度には、どうやら俺は相当彼に弱いらしい。



fin.


(口づけの後の珈琲は、何故だかやけに甘かった)

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -