無邪気に笑う顔とか。

俺を呼ぶ時の嬉しそうな声とか。

怒るとふてくされて、でも頭を撫でるとすぐに機嫌が直るところとか。

泣くと小さい子どものように喚いて、目を真っ赤にするところとか。

歌うように愛を囁くところ、とか。

お前を形成する全てが、俺にとっての世界そのものだということを。

きっとお前は、知らない。






「だーれだっ!」

不意に視界が暗くなったと思えば次いでよく聞き慣れた声が耳に入ってきて。
相変わらずの行動に頬が緩むのを感じながら、優しく己の目を覆っている手を自分の手と重ね合わせた。
体温は愚か、血液さえも通っていないそれはやけに温かく感じられ、お互いの存在を証明する何よりのものだと、思わずには居られない。

「なんだ?サイケ」
「――わざと声変えたのにやーっぱ引っかからないか。つまんない」
「俺がお前の声を聞き間違える訳ねえだろ」
「…フフ」

俺の顔から手を放し、嬉しさ半分照れくささ半分と言ったような顔で笑うサイケの頭を優しく撫でる。
白でまとめられた服装に対し漆黒で彩られた髪は手に馴染むかのようにさらりと指の間を通り抜け、気持ちよさそうに目を細める様子になんだか猫みたいだなと思った。
猫なんかより、よっぽど気まぐれだけれど。

「なんかつがるってお父さんみたい」
「…やめてくれ」
「マスターはいざやだけど、つがるはオレのおとーさん!あははは!」

何が可笑しいのかよく分からない俺を余所に、腹を抱えて笑い転げるサイケに軽く苛立ちを感じ、拳を握りしめ今の今まで優しく扱っていた頭に一発落とした。ゴツンという音と共に「ふぎゃ!」と叫び声。

「いったあああ…」
「やめろって言ったのに聞かないからだ」
「だからって殴らなくてもいいじゃん!ばか!」

頭の天辺を両手で抑えて涙目で此方を睨み、喚く姿は本当に幼い子どもそのもので。あの腹に一物を抱えていそうな男からサイケが造られたとは到底考えつかない(だが、以前俺の主でありその男の恋人である静雄から話を聞くと二十三歳児と呼ばれる程子供じみた行動をするらしい)。
なんてことを思いながら、未だしゃがみ込んでうずくまっているサイケを抱き起こし目線を合わせるよう顔を覗き込む。ほんのり赤く染まった目と鼻、涙の粒が長い睫毛に付着してきらきらと光っており、ピンク色の瞳が俺を捉えていた。
そこまで強く殴った覚えはないので既に痛みは引いてる筈だが、こうふてくされてしまっては暫くは口を開いてくれないので結局俺から折れるしかない。

「悪い。確かに殴るほどじゃなかったな」
「…いたかった」
「悪かったって」
「……」
「…でも俺が静雄だったらお前の頭潰れてたぞ?」
「ぶふっ!」
「…そこは笑うとこなのか?」

どれほど同じ月日を過ごそうとも相変わらず読めない笑いのツボに疑問を持ちつつ(いや本当だったら笑い事じゃ済まされないのに一体何が面白いんだ?)、いつものサイケらしい笑顔が戻ったことに内心ホッと安堵した。
サイケには、やっぱり笑顔が一番似合う。
…今度は別の意味で涙ぐんでいるが。

「はー…おっかしい。つがるってなんでそんなおもしろいことばっか言うの?オレわらいしんじゃうっ」
「…単にお前が笑い上戸なだけだと思うぞ」
「そうかなー……あのさ、」
「なんだ?」
「さっきは、ごめんなさい」

目を伏せて、眉毛が下がり肩を落としている姿は誰が見ても分かるくらい反省の意を示していて。
先程まで声を出して笑っていたにも関わらず、急激な態度の変化に少し驚きはしたものの戸惑いせずに済んだのは、こうしてコロコロ表情が変わるのもサイケの持つ魅力の一つだと理解していたから。
そんなサイケと違い、俺はあまり感情的になることは少なく、口下手でもある。
だからこそ、こんなに惹かれてやまないのだろう。

「もう怒ってねえよ」
「…ほんとに?」
「俺がお前に嘘吐いたことあったか?」
「…!ない!いちどもない!」
「だろ?」

サイケには到底適わないが、俺にしては精一杯の笑顔を見せる。
するとサイケはピンクの瞳を大きく見開いて暫し口をぱくぱくと動かし逡巡したあと――すぐに下を向いて俯いてしまった。まさかまた泣くのかと焦りつつ顔を覗きこむと、見られないよう必死に手で顔を隠して「はんそくだよ…」と普段とは比べようもないか細く呟く声。
ヘッドホンからちらりと見える耳がみるみるうちに真っ赤になるその様子に、何と表現すればいいのだろうか、言葉にしがたい想いが湧き上がり、何も言わずに目の前の矮躯を強く抱きしめた。

苦しいよと呻き声が聞こえても、離さない。

離すものか。

お前という存在が、俺を色付けてくれるのだから。

こんなにも、鮮やかに。


fin.



こちらの企画サイト様に提出させて頂きました。




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