ほろり、ほろり。

最後に涙を流したのはいつだったかも思い出せない、もしかしたら生まれた時以来なんじゃないか。

それはないとしても、でも確かに久し振りだった。

特に悲しいこととか苦しいことがあったわけでもないのに、唐突に頬を伝って流れ落ちてきたそれは生暖かく気持ち悪い。

止める術も分からず、頬を拭うことさえ侭ならぬ状態で、ふと前を向いたら俺と同じように驚きで目を丸くしていた人物がそこには居て。

滲んでいく景色の中でも、あまりにも特徴的な姿でその人物はいつも過ごしているため、誰だかすぐにわかってしまい、即座に池袋に来たことを後悔した。

弱みを握られてもおかしくない今の自分をいつまでも見せるわけにいかず、標識が飛んでこないことを祈りながら来た道を引き返そうとした瞬間、


「っ、待て…!」


珍しく動揺した声に何故だか少し戸惑い、それが災いに生じたのか、フードを思い切り掴まれ、そのまますぐそこの路地裏へと連れ込まれた。
ドン、と加減してるのかしてないのか分からない程度に背中を壁に押しやられ、更に両手首が拘束されているので身動きが取れない状態が非常に不快だ。
睨みつけるようにして連れ込んだ張本人の顔を見上げれば、サングラスで隠された瞳の奥に不安の色を見つけ思わず笑いそうになる。


「…何で、泣いてんだ?」
「…シズちゃんには…関係ないだろ…」


自分だって泣き顔なんて見せたくない筈なのに、理由だって聞かれても教えたくない筈なのに、なんて空気の読めない男だろうか。
天然だから、余計にタチが悪い。

だから嫌いなんだよ。


「関係ねーけど…手前がそんなだと気持ちわりーんだよ」
「…ああ、そうかい。だったらおとなしく手を離してくれる?俺がこんなんなってる理由が知りたいようだけど、生憎自分でもわからないんだ」


そうなのだ。
今この状況で問題は多々あるが、一番は天敵を前にしているというのに未だに止まることを知らず馬鹿みたいに溢れてくるこの液体だ。満遍なく頬を濡らし、口の中へと侵入して塩辛い。
どうしてか、先程より更に勢いを増して終いには嗚咽まで出てくる始末。
それもこの男と出会ってからだ、あのまま自宅へ帰れば治まったかもしれないのに本当に何てこと。


「理由もねーのに泣いてんのか手前は」
「…そうだよ。笑うなら、笑えば」
「別に笑うかよ」
「…!むっかつく!何急にいい人ぶってんだよ!も、いい加減手を――」


離せ、と。
言いたかった。
言うつもりだった。
言うつもりだったのに、出来なかった。

勢い良く手を引かれ、目の前の広い肩に顔全体を押しつけるようにして口を塞がれてしまったから。


「泣くんじゃねえ。調子狂うだろーが」


泣かせまいとした彼なりの慰めなのだろうか。

普段の常識外れの力を発揮せずに優しく背中に回された腕も。

濡れた頬に触れる傷んでいると思っていた金髪がやけにサラサラで少しくすぐったいことも。

存在そのものが化け物だとばかり思っていたのに、どうしようもなく人間の体温で俺を温めていることも。



「…馬鹿じゃないの…っ!」


全部逆効果だっつーの。


そんな奴に縋りついて離そうとしない俺は、もっと馬鹿なんだろうけど。




fin.



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