※原作未読の方にはネタバレですのでご注意ください。





「おーい静雄ー!…駄目だありゃ、当分帰ってこねーな」
「肯定です。黒髪の男を視認すれば静雄先輩、仕事放棄が日常、残務処理は私達が担当となっています」
「…ヴァローナにはいつもすまねぇな。今度俺が静雄に内緒で何か奢ってやっから」


上司の言葉に一言、ありがとうございますと返事をすれば私よりも大きい手のひらで頭を優しく宥めるように叩かれた。
この男、田中トムはよく私にそういう行為をする。
例えば取り立ての際に、客に対して思わずやりすぎの対応をしてしまうと「落ち着け」と言いながら頭をポンと叩かれ、上手くいった時は「よくやったな」と褒められて撫でられる。
子供扱いをされている気がして複雑な気持ちになるも、胸の内に何か奇妙な、しかし心地よい感覚を感じるようになった。

「サイモンとこの露西亜寿司……はお前嫌なんだっけ」
「…肯定です、が寿司自体を否定するわけではありません。寿司、日本の誇るべき文化でもあります。味、新鮮さ、歯応えはどれも私の舌を肥えます」
「…っつーことは寿司は大好物ってわけだな」

なら今ちょうど昼時だし、たまには豪勢に行くか。

時計を確認すれば午後0時を丁度回ったところだ。
それを合図に腹からグゥ、と音が鳴り、彼に聞こえたかもしれないと慌てて見れば特にこちらを気にしている様子ではなかったので安心した。

(…私は、おかしくなった)

昔の自分は空腹感などに捕らわれはしなかったのに。
血にまみれ、肉を抉り、敵を殺すことによって充足感で満たされ生きてきた私には戦いこそが食事、栄養源そのものであり、生きる糧。
けれど今の、この生温い生活は、何だ。

「おい、ヴァローナ?どしたよボーっとして」
「っ、…いえ、特に問題ありません。ただ…」

――私は、此処にいても許されるのでしょうか。

居場所が無いわけじゃなかった。
居場所なんて作ろうと思えばいくらだって作れる。
けれども此処は、あまりにも私に不似合いで息がし辛い。
平和島静雄を殺すという生きる目的が出来たものの、この平和に浸っている生温い国では、尚更。


「…あー…よくわかんねぇけど、お前の面倒は最後まで俺がきっちり見てやっから。な?」

だから安心しろよ。


何気ない一言。
そこには確かな確証さえ含まれているかもわからない。
それでも頭に乗せられた掌から伝わってくる温かさと感触は本物で、まぎれもない真実だと確信出来るのは、どうして。

(…そうか)

私は不安だったのだ。
任務失敗という恥を背負い、祖国に帰る屈辱感に苛まれるくらいなら、また古い知人がいる場所で働くという羞恥に追いやられるくらいならと選んだ今の居場所で。
一度は死を覚悟したこの身体と絶対的な恐怖を経験したこの心で生きていくことに。

(私は、弱い)

自分でも知らないうちにここまで弱くなっていたことなんて一生気付きたくなかった。
でも、だからなのだろうか。
この大きな手に縋りつきたいと、馬鹿げた考えが頭によぎったのは。


「よし、気ぃ取り直して寿司食うぞ寿司!」
「大トロ特上を要求します」
「なっ…ちょ、ちょっと待てヴァローナ!確かに俺の奢りっつったけどよ、特上はちょっときびし「大トロ特上を要求します」」
「……ったく、しゃーねーなぁ」


何となく我が儘を言ったのは、呆れ顔の裏に優しさが潜んでいると知っていたから。

平和島静雄がこの男を慕う理由、理解できた気がする。



fin.


ヴァローナ難しい…!