「えーと……ボク、どこの子かな?お母さんは?もしかして迷子になっちゃった?」 「手前ふざけてんのか。殺す絶対殺す」 「あ、うん、ちょっと目の前の光景が有り得なさすぎで思わず現実逃避しかけたけど、やっぱりその口調と態度は………シズちゃん、なの?」 「こんな金髪のガキなんて俺以外にいねえだろ」 事の始まりはこうだ。 昼頃に事務所のインターホンが鳴り響き、いつもは事務全般をこなしてくれる波江が休みだから椅子に座って寛いでいた俺は渋々と腰を浮かして、ドアの外を液晶越しに覗いた。 だが、そこに居る筈の姿が見えず不審に思いドアを開けて確認するも、誰もいない。 今時ピンポンダッシュなんてする奴もいるんだなと特に興味も湧かずにドアを閉めようとすると下から「おい、無視してんじゃねーぞノミ蟲野郎」と声がした。俺のことをノミ蟲と酷い暴言を吐く奴なんて思い出す必要が無い程この世にたった一人しか存在しないのだが、彼はこんなに背は低くない。 低くない、のに。 「……え?」 自分でも間抜けだと思うくらいに素っ頓狂な声が出てしまった。だが目の前に居る人物を見たら池袋の住人達は誰だって驚くだろう。いつもバッチリ決めちゃってるバーテン服はぶかぶかのヨレヨレ、足のサイズと明らか合わない革靴を履いてる姿はさぞかし歩きにくそうで、こちらを睨み付けてくる鋭い眼光こそ変わってはいないものの、まだ幼さが残るどこかあどけない顔立ち。年齢的に小学三年生くらい…か? これでトレードマークの一つである金髪が茶髪とかになってたりしたら、俺はこの子供があの平和島静雄だと気付かなかったかも、しれない。 そうして、ぐるぐると思考を巡らせて冒頭の会話に到るのであった。 「俺、最初シズちゃんの隠し子かと思ったよ」 「そんな馬鹿なことをほざく口は今すぐこの世から無くなった方がいいな」 グニャリとスチール製のコップが一瞬で曲げられたのを見てやっぱり硝子製のコップにしなくて良かったなと思った(それでも中身のオレンジジュースが零れないところを見ると全部飲んだみたいだ)。 変わったのはどうやら外見だけで中身もその化け物地味た力も何も変化しないということは安易に事務所に招き入れるべきではなかったのかもしれないと、己の失態に溜め息が出そうになるも、ここは機嫌を損なわせないよう慎重にいこうと思う。 「あーごめんごめん。うっかり口が滑っちゃった!臨也お兄さんこれから気をつけるから機嫌治してねー?」 「………」 バキッと乾いた音が部屋に響いた。シズちゃんと俺を隔てていた長テーブルが真っ二つにされた音だ。 やばいちょっと見た目があんまりにも子供だから思わず上から目線な言葉が出てきてしまった。これは屈辱的だろう。 ついさっき慎重にいこうと決意したのに! 「!!……………???」 絶対殴られると確信を持って、咄嗟に無意味なガードをしたのだが恐ろしい力で振り下ろされる拳は何故かいつまで経っても来なくて。 奇妙に思い、シズちゃんの方を見て、ギョッとした。 唇を強く噛み締めて睨みつけてくるその目には、一生見ることはないと思っていたものが、溢れんばかりに広がっていた。 まばたきしてしまったら、零れてしまうんじゃないかと思うほどに。 「シ、」 「手前は……朝起きたらいきなりガキの姿になってた気持ち……わかんねぇだろうよ…」 ぽたり、と滴が一粒。 「俺は、ガキの頃はロクな思い出もねぇんだ。周りから疎まれて、嫌われて、家族にも散々迷惑掛けちまった。高校入って…手前と知り合ったのが人生で唯一の俺の汚点だが、」 「おい」 「それでもガキの頃に比べたら、幾分、マシだった。…それくらい、この姿が俺にとっては嫌なんだ」 「…シズちゃん…」 例え中身が自販機や、標識を投げ飛ばす獰猛な獣が潜んでいようとも。 目と鼻を真っ赤にして、それを見せまいと必死に腕でゴシゴシと拭う姿は紛れもなく小さな子供だった。 助けてほしいと口には言えないまでも、体中から叫んでいる小さな子供。 だから本当に、衝動的に手を伸ばしてしまった。 慰める言葉なんて頭の中にはこれっぽっちもなかったのに、本当に思わず。 「シズちゃんは、頑張ってきたんだね」 そんなことを呟いて、唯一見た目で変わっていない金髪を撫でる。初めて触るそれは、少しだけ傷んでいたけど思ったより触り心地は良かった。 俺は一体何をやってるんだろう。 小さくても相手はあの憎き仇敵、会えばいつでも殺し合いの喧嘩を繰り返してきた人物だ。 理解してはいる。 これは一種のチャンスなのかもしれないと頭の片隅では密かに感じているんだ。 なのに、何故か目の前の泣いている子供を放っとけるほど悪人にはなれなかった。 「お前は、」 「ん?」 「ガキの頃はどうだった…?」 「ああ、俺?俺は見ての通り、昔からこんなだったからねぇ。気持ち悪がって誰も寄ってこなかったよ」 中学入ってからは新羅みたいなもの好きもいたけどね、とけらけら笑うと「そうか」とどこかホッとしたような、少し微妙な表情でシズちゃんもはにかんだ。 それに先程からずっと頭を撫でている手を振り払わないところを見ると(触った瞬間絶対殴られると思ったのに)、もしかしたらずっと誰かにこうしてほしかったのかもしれない。 シズちゃんの家族は聞くところによると本当に一般的な家庭で、両親も普通の人間らしい。 きっと、迷惑が掛からないようにと自分から甘えることも少なかったんだろう。そう考えるとこの子供が大変愛しい存在に見えてきて、もう元に戻らなくていいじゃんと思えてきたが口にすると恐らく事務所が消滅しかねないので絶対言わないが。 「そういえばさ、何でシズちゃん俺の所に来たわけ?新羅とか、君の上司に連絡した方が解決策は見つかるんじゃないの?」 「トムさんは俺の恩人だし、これ以上迷惑掛けらんねぇ…仕事は休むって連絡はしたけどよ。新羅にも連絡したんだが、留守電になってて繋がらねぇんだ」 「携帯の方も?」 「ああ」 仕事中かもしれねぇな、とシズちゃんが舌打ちして俺はハッと思い出した。 「もしかしたら…旅行中かもしれない」 「…旅行?」 「昨日の夜運び屋に仕事を頼んだんだけどさ、妙に浮かれてたんだよね」 そう、確か昨夜の運び屋はどこか浮かれ気味に俺に色々話しかけてきた。国内で自然が沢山あって落ち着く場所を知らないかとか、新羅が喜びそうな場所を教えてくれとか尋ねられたっけ。 詳しく話を聞くとどうやら明日は久々の休日だから二人で遠出でもしようと計画していたらしい。そんなことを俺にペラペラと話すくらいだから余程ワクワクしていた筈だ。 そこまでシズちゃんに伝えると「じゃあ今日は連絡つかねーじゃねぇかよ…」とがっくり肩を落とした。 確かに、あの変態のことだ。僕とセルティのラブラブトリップの邪魔はさせないとか何とか言って携帯の電源なんて余裕で入っていないだろう。 「旅行って言っても日帰りだと思うよ。遅くても明日には帰ってきてるでしょ」 「じゃあそれまでここに居させろ」 「うん…………うん?」 なんか今ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。 「いや、ちょっと待てシズちゃん」 「なんだ」 「それまでってことは…明日新羅に会えるまでってことだよねぇ?」 「当たり前だ」 「てことは…今日ウチで一泊するってことかなもしかして?」 「まぁ、そうなるな」 普通に頷くな。 「いやいやいやおかしいでしょ!さっきは俺も雰囲気に流されちゃってつい肯定したけどよく考えて!何で俺とシズちゃんが同じ屋根の下で過ごさなくちゃいけないの!俺たち嫌いあってるのに有り得ない!」 あれ?何で俺こんなに必死になってんの?と思ったりもしたが、朝晩寝食を共にするなんて冗談じゃない。 子供であろうと平和島静雄であることに変わりはないのだから。 俺は同意を求めようと、というかぶっ飛んだ発言をするシズちゃんの目を覚まさせようとそれはもう必死に説得した…のだが。 「…ダメか?」 断じて言うが、俺は決してロリコンなどではない。 子供はどちらかというと扱いやすいし、すぐに何でも信じて簡単に騙されてくれるから好きだけれども。 こんなに自分の思い通りにいかない子供も、俺が知る限りでは三人目だ(後の二人は何を隠そう双子の妹達である)。 「…負けました」 反則だ。 あんな上目遣いにしょんぼりした声を聞かせられたら俺が折れるしかないじゃないか。 中身はあのシズちゃんだからこそ、この敗北感が尋常じゃない。 というか、これが確信犯ならばとんだやり手ですよマジで。 「よし、とりあえず腹減ったから何か作れ」 「やっぱ帰れ!」 絶対、確信犯だ。 fin. 仔静×臨也。 ショタを扱ってここまで萌えない文も珍しい… |