いつものように二人でご飯を食べていつものように風呂に入って(これは1人ずつだった…なんで?)、いつものようにまったりしていつものようにベッドに入っていつものように身体を重ねて事に及ぼうした時にそれは起こった。

「シ、シシシシズちゃん」
「あ?…んだよ今更やだって言われても」
「そ、そうじゃなくて…上!天井天井!」
「天井?」

今の状況を細かく説明すると俺はベッドに仰向けに寝そべっていて、シズちゃんはそんな俺に覆い被さっている態勢だ。別にこのポジションは嫌いではないし、むしろ恋人の顔が良く見えるのでどちらかと言えばお互いこの体位を好む。
だから今日も自然な流れでふかふかのベッドに身を投げて、慣れた動作で服を脱がそうとする彼をじっと見つめて――ふと、視線をずらして天井を見た。
即座に後悔した、と同時にその場から一刻も早く逃げ出したくなった。

「あ、あ、あれってさぁ…もしかしなくてもさぁ…!」

白い色に一点の黒。
彼のアパートはそれ程高い天井ではないから、それが何かだなんて一目で理解した。
あの黒光りする丸いフォルムに長い触覚は…まさしく。

「シズちゃん早くなんとかしてよ…!」
「ちょ、ちょっと待て!ヘタに刺激したら飛んでくるかもしれねぇだろ…!」

見上げて暫く固まっていたシズちゃんが俺の言葉にあたふたし始める。
その珍しく慌てふためく様子は普段のマイペースぶりとは考えられず、こんな状況でなければ笑い飛ばせるのだが。

「だからってあのままにしとくわけにもいかないよね!シズちゃん早く捕まえてどっかぶん投げてよ!君の腕力なら軽く五キロは飛ぶからさ!」
「ばっ…あんなもん素手で触れるわけねぇだろ!ちょっと臨也お前殺虫剤買ってこい殺虫剤!!………いや、手前は絶対そのまま逃げるからやっぱ駄目だここに残れ!」

どうやら彼も俺と同じくアレが苦手なようで、池袋の自動喧嘩人形と周囲から恐れられている人物が一匹の虫に恐怖を抱いているなんて街の住人が知ったらどう思うのだろう(ちなみに俺は、苦手じゃなかったら腹を抱えて笑っていたと断言できる)。

「逃げないよ逃げない!ほら、この真っ直ぐな目を見てシズちゃん!」
「……どこをどう見ても俺には腹黒いことばっか考えてる目にしか見えねぇなぁ!」
「ひどい!」

実際は彼の言うとおり如何にしてこの場から逃げ出すかを脳内フル回転で考えていたのだが、やはり洞察力…いや、動物的な野生の勘を兼ね備えているせいか一筋縄ではいかなかった。
聞こえない程度に舌打ちを漏らした筈なのに、「やっぱり逃げようとしてたんだな手前…」と掴まれていた腕が悲鳴を挙げたので大人しくする術しかない。
だからと言ってこの膠着状態を何とかしないと――

「っ、ぎゃあ!」
「うぉあ!……って動いただけじゃねぇか!驚かすんじゃねぇよ!!」
「そういうシズちゃんも咄嗟に抱きついてきたくせに!」

同時に掴まれていた腕を更に強く握られ、危うく骨折するかと思ったがそれ以上に抱きつかれたことが嬉しく、状況が状況だが頬が緩んでしまう。
怒っているくせに背中に回された腕を離そうとしない辺りが彼の性格をよく表しているなと思い、思わず金で彩られた髪を撫でる。

「んだよ」
「シズちゃん可愛い。俺より怖がりなんだね」
「…るせぇな」

ぼそりと呟いて顔を背けて俺に見せないようにしている辺り、多分真っ赤なんだと思う。金髪からちらっと覗いてる耳がほんのり染まっていたからすぐに分かった。
付き合い始めて最初に気付いたことはシズちゃんは意外にも照れ屋だと言うこと。褒めて煽てたりするとすぐに顔が赤くなる。口では悪態吐いても本心では満更でもないのだ。
今は俺に思わぬ弱味を見せてしまい恥ずかしいと感じているのだろう。つくづくわかりやすい。

「とりあえず窓開けっか…勝手に出て行くかもしれねぇし」

と、ベッドから恐る恐る身を引いたシズちゃんが窓に近寄った時だった。
刹那、嫌な羽音が耳に響いたので咄嗟に見上げれば。

「シズちゃんそっち行ったああ!!」
「!?」

何故急に飛んでいったのかは分からないが、それは鳥肌の立つ羽音を鳴らし寄り道することなく真っ直ぐ彼の居る方向へと向かう。
幸運だったのは、彼が既に窓に手をかけていたことだ。
タイミングを見計らって開ければ上手く外に逃がせてこれにて一件落着、後は誰にも邪魔されずに夜を過ごせる万歳!――という流れをそれがまだ空中に存在している間に俺は思い描いていた。
しかし。


「う……うおおおおお!!」


俺は忘れていた。
彼、平和島静雄は俺の予想範囲を遥かに凌駕する男だということを。










「「……………」」


部屋の中で茫然自失となっている俺とシズちゃんの目の前には、先程まで天井にへばり付いていたアイツの成れの果て。見事な右ストレートによってその原型は著しく留めてはいない。
というか、粉々だった。
それもその筈で、常人であれば重体にも成りかねない力の矛先をたった一匹の虫に向けたのだから。また、恐らく混乱状態に陥っていた彼のことだ、加減など出来ない程度には。

「…これ、どうする?」

ぼそりと呟いた俺の言葉に抜け殻のようだった彼がピクリと肩を揺らした。

力強く握られた拳を震わせて、一言。


「………とりあえず……手……洗ってくるわ………」


今までに聞いたこともないような、例えるならば全ての不幸を背負ってしまっているような低く、掠れた声。

後にも先にもシズちゃんの涙を目撃するのはこれが最初で最後になるのだが。

同じ位混乱していた俺は勿論、知る由もなく。



fin.


この二人が苦手だったらかわいいなーって思って書いたんですけど見事に玉砕。シズちゃんと不快なお気持ちをさせてしまった方々すいません…!



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