「ドタチーン!教科書貸してくんなーい?」


廊下側にある教室の窓からひょっこり顔を出し、にっこり笑って手を振る人物を見て本日何度目になるか分からない溜め息を一つ零した。
昼休みという貴重な時間を読書に費やそうとした矢先にこれだ。

「…そんな叫ばなくても聞こえる。それと俺のことはドタチンと呼ぶのはやめろ!」
「えードタチンって中々良いあだ名だと思うけどなー。あ、ちなみに現国ね」

はい、と当たり前のように手を差し出すその様子にまたも溜め息が零れそうになるものの、寸でのところで留まり仕方なく机の中から教科書を取り出す。
俺の席は廊下とは正反対の窓側一番端にあるため、仕方なく椅子から腰を浮かし、臨也の元へと足を運んだ(普通なら借りる側がこちらまで来るべきなんじゃないか)。
窓枠を隔てて、差し出された手に乗せると「どーも」と感謝の気持ちなんて微塵も無いような返事が返ってくる。

「それにしても…今日これで三回目だぞ?教科書くらいちゃんと持って来い」
「それは俺じゃなくてシズちゃんに言ってよ。アイツのせいで俺の教科書殆ど引きちぎられてるんだからさ」
「……それはお前がけしかけたりするからだろう」
「まあね、この前ノートに落書きしたことまだ根に持ってるみたいだし」

可愛いもんじゃんねー。

小首を傾げて同意を求めてくる臨也に対し、俺は静雄が不憫でならない気持ちで一杯になった。
と、そこで臨也の目蓋辺りに小さい傷のようなものがあることに気付く。少々血が滲んでいるそれは先程数学の教科書を返してきた時には無かった筈だ。
まじまじと見つめる俺の視線を辿ったのか「ああ、これ?」とその傷を自分で指差してさも可笑しそうに笑った。

「実はさー」
「また静雄絡みか」
「うん、机投げられた」
「その割には随分軽傷だな」
「それはまぁ普通に避けたんだけど、前方不注意で壁にぶつかっちゃった」
「…お前はいつも変な所でドジを踏むな…」

やはりここでも溜め息を吐いてしまい、当分幸せは来ないなと思いながら制服のポケットに手を入れる。確かあと一枚有ったはずだ。
ごそごそ漁ると目当ての物に触れ、それを取り出した。

「まぁ気休め程度にしかならんが…そのままにしておくよりはマシだろ」

ぺたりと傷の位置に合わせて絆創膏を貼ってやると、きょとんと目を丸くする臨也がそこには居て。
絆創膏と臨也という組み合わせが何だか面白くて思わず吹き出してしまった。

「何笑ってんのさ」
「悪い。ツボに入った」
「ドタチン、笑いのツボ変な所にあるんだね」
「ドタチン言うな。悪かったって、拗ねるなよ」

頭をポンポンと軽く叩いてやれば目を伏せて「拗ねてなんか…」と口ごもるその様子に、こういう所は可愛かったりするんだがなと他人が聞いたら鳥肌が立つようなことを思っていると、丁度予鈴が鳴った。

「じゃあな、静雄ともっと仲良くしろよ」
「一生涯掛かっても有り得ないし、無理だね」

まぁそうだろうなと自分が投げかけた無謀な言葉に呆れつつ、席に戻るべくその場を離れようとした時だった。


「これ…ありがとね」


背後から届いた控えめで、微かな声。恐らく廊下が騒がしかったら確実に聞こえなかったであろう。
慌てて振り返ると既に声の主は居らず、生徒が何人も目の前を通り過ぎている空間しかそこにはなかった。

(…あいつも、ちゃんとした礼が言えるんだな)


友人の不器用な一面を新たに知り、胸の内にじんわりと温かいものが広がるのを感じた。

出来ることならもう一人の不器用な友人に見せてやりたいと。

そんな無謀で、確かな願いを抱きながら。



fin.


来神時代。
ドタイザは兄弟みたいな感じがいいな。


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