「シズちゃんはさぁ、そんなにオレのこと嫌いなら早く殺せばいいのに……ああ、それとも」


殺せないのかな?


「…あぁ?」

ニヤニヤと人の心情を探るように笑うこいつの顔はこの世で一番大嫌いで、見ているだけで反吐が出る。勿論顔だけでなく、クソ暑い日でも着ている馬鹿みたいなファー付きコートや聴きたくもない理屈の数々だって殺意しか沸かない。殺意しか沸いたことがない。
それをなんだ。
今こいつは、何て言いやがった?

「だってさぁ、シズちゃんぐらいの馬鹿力ならオレの首捕まえて引っこ抜いたり折ったり容易いことだろ?だけどいっつも殴るか蹴る、自販機投げ飛ばすくらいじゃない。本当に殺す気あるのかな?」
「手前がゴキブリみてーにちょこまか逃げるからだろーがよ」
「痛いのは嫌だからね、条件反射ってやつだよ」

それにシズちゃんの攻撃って、常識外れだけど単純なんだもん。
そう言って肩を竦めて鼻で笑う臨也に対し俺は全身の血液が沸騰し逆流するのを感じた。
手にしていた『止まれ』の標識を憎たらしい顔面に向けて力の限り振るう。だが殴ったという感触、手応えすらもないことに舌打ちをした。
空を切った標識は目標物を見失ったがために慣性に従いそのまま空き家へと突っ込んだ。
轟音と左腕に伝う衝撃。

「ほらね、簡単に避けられる」
「…じゃあ黙って大人しくしてろ。頭ぶち抜いてやっからよぉ」
「まぁ落ち着いてよ。本題に戻ると、やっぱりシズちゃんはオレを殺せないと思うんだ」

だからさ、と。
右の袖口から出したナイフをパチンと音を鳴らして見せつけるように戯れ言を吐き捨てる臨也を見る。
その顔は今まさにこれから起こることが楽しみだとでも言うように、ニヤニヤと胸糞悪い笑顔だった。


「シズちゃんのために…オレが自分で、オレを殺してあげるよ」


一瞬、自分の耳を疑った。が、何の躊躇いもなくナイフを己の首に突き刺そうとする臨也を見た瞬間、頭が、脳が反応する前に体が反応した。

反応、してしまった。

後に後悔するにも関わらず気付けばナイフの刃を握り、血が滴ることも気にせず、空いた右手で今しがた死のうとしていた奴の胸倉を掴んでいた。

(…俺は一体何やって…?)

臨也の行動にもそうだが、己の行動に目を剥く程驚いた。
別に今の俺には止める権利も、ましてや理由さえもない。むしろその逆で喜ぶところではなかったのか。勝手に死ぬはずだったんだ、そのまま見殺しにすればこれで残りの人生は平穏に、何にも邪魔されることなく過ごせていたのに。

――ほらね、やっぱり殺せない。

愉しげに耳元で囁かれた言葉の毒々しさが嫌というほど全身に広がり、蝕む。

「ね、言ったでしょ?…ああ、因みにオレは本気で死ぬ気なんてなかったから。自殺なんて死んでもしたくないし、まだ死にたくないからね。…ねぇ、シズちゃん」

何で、殺せないんだろうね。

悪意に満ちた笑顔から紡がれた疑問の呟きは、まるで最初から答えを知っているかのように問い掛けてきて。
そしてその答えを思い知らされた俺はただただ、唇を強く噛み締めることしか出来なかった。



fin.

シズちゃん自覚。



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