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※先天性女体化

ピピピッと小さな音でなった携帯をギュッと握って音を漏らさないように切ると、んんっと小さな声を漏らして伸びをする。
それから横に眠ったままである勝呂や子猫丸が起きていないことを確認すると、のそのそと風呂場まで歩いた。
男子寮であるここに、個室の風呂があって本当に良かったと思う。
奥村兄弟が寝泊りしている寮には無かったし、などと様々な方面に意識を飛ばしながらも着いたそこにある鏡が自分を映し出した。
ぼんやりと月明かりが照らし出す身体。
どことなく男子寮から浮いていると思わせるのはその体型のせいであろう。

「ほんま、なしてうちは女の子なんですやろか」

苦笑と共に漏れたその声は、列記とした女性のそれであった。
暗闇の中、電機も付けずにそのたわわな胸をさらしで押しつぶす作業をする彼女――名を志摩廉と言う――はどうして男子寮に住み、そして何故男装をしてまで男共と共に生活を営んでいるのか。
それは彼女が幼少時代から共に居る勝呂のとある過去が関係している。
といっても彼女は詳細なことを一切知らないのだが、5歳のあの夏、突然に男になれと言われた衝撃だけは今もなお忘れていなかった。

「廉、坊にこれから何があってもお仕えしよういう覚悟はあるか。」

その時聞いた二番目の兄の言葉が耳から離れない。
勝呂に仕えるのは志摩家の人間である以上当然のことであったし、それ以外の未来など、考えたこと無かったのだ。
廉は間髪入れずに当然や、と答えたのをありありと覚えている。
そして、その後に肩甲骨を覆う程度にあった髪の毛をばっさりと、切りそろえたのだ。
それが、廉が廉造となった瞬間。
廉が女を捨てた瞬間である。
あまりに幼かったからであろうか、子猫丸や勝呂の記憶は上書きされたかのように廉が男であることを信じ、廉という存在は徐々に姿を消して行ったのだ。

なんて、過去を振り返った所で現状が変わるわけでもない。
今日も今日とて男として過ごすのだと、潰されて少し息苦しい胸を眺めながら自らを嗜める。
そう、いまさらいくら悔やんでも、自分が男として存在しているという事実は消えないし、仮にそれを覆すとすれば、きっと今の居場所は無くなるのだろう。
いや、必ず、無くなるのだ。
彼の隣、幼馴染且つ大親友という、この何にも代えがたい、この立ち居地は。
廉、否、廉造はポンポンと潰れた胸を叩いてからシャツを羽織る。
この人生を選んだのは自分であること、そして、これからも選び続けなければいけないあの日の選択。
それらが重たくのしかかってくるが、このくらいの重みがあるほうが、フラフラせずに済んで丁度良いと、鏡の中の自分に微笑みかければ、後ろで志摩、と聞きなれた声が聞こえてきた。

「おはようございます、坊。」

慌てて廉造を取り繕い振り返ればセットされていない前髪が彼の瞳を覆っていた。

「珍しな、お前が朝早うから起きてんの。」

勝呂はそれを掻き上げてパチンと前髪を止めると、ふ、と廉造に笑いかける。
たったそれだけのことなのにドキッと高鳴ってしまった、捨てたはずの乙女心がしゃしゃり出て来る胸を慌てて抑えるとなんでもないような表情を浮かべて微笑みかえした。

「なんや目ぇ醒めてしもて……坊は今から走りに?」

「おう、志摩も来るか?」

「ははは、遠慮させてもろときます」

こんな時、酷く選択を間違えてしまったのではないかと、もし自分が女のまま生きていたらと、憶測に憶測を重ねてしまいそうになるけれど結局は一つの気持ちへと回帰する。

(隠し事は、得意やから。うちんなかに、この気持ちも隠しとくんや)

そう胸の中で呟いていれば、ふと勝呂の手が廉造の腕へと触れた。
ビクンと飛び跳ねてしまいそうな体を必死にその場に押し込めて、どないしはったんと尋ねれば、何時にも増して眉間に皺を深く刻んだ彼の姿。

「細っこい腕や思てな。ほんまにお前、俺らと一緒の飯食うとるんやんなぁ?」

心配そうに、廉造よりもずっと痛まし気な声を掛けてくる勝呂に、いっそそれは性別の差やから気にせんでもええんですよといってしまいたくなる。
彼の心配事を増やすのは、何よりもいやなのだ。

「ま、ええわ。ほな、俺は行ってくるさかい。」

なんて考えていればいつの間にか腕は開放されていて、勝呂はドアに向かって歩き始めていた。

「行ってらっしゃいませ、坊」

その背中に、子猫丸を起こさない程度の声でそう呼びかければ、くるっとこちらを振り向いて、おう、と笑ってドアを開けた彼。
やがてそれはパタン、と静かに閉められる。
再び静寂が訪れたその部屋で、廉造はさっきのやり取り、ちょっと新婚さんぽかったななんて、誰とも分かち合えない虚しい喜びをかみしめるのだ。




110706




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