ほわり、と雪が舞う。
手で覆った口元からは引っ切り無しに白い息が吐き出され、寒さを実感させられる。
首に巻きつけたマフラーには白い雪が積もり、鼻先を掠める度、水となって滴り落ちた。
「あかん……寒い……」
時は12月24日。日本中の恋人達が沸き上がり、手と手を取り合って将来を語り合う、所謂クリスマスイブだ。
若い男女のカップルから、大人のカップル、そして時たま熟年カップルが行き交う往来で、廉造は一人呟いた。
廉造の隣には、誰も居ない。この日のためにと様々な女の子にアピール活動を続けていたのにも関わらず、結局誰も相手にしてはくれず、現在一人でポツンと突っ立っているというわけだ。
というのも、ほんの少しの間でも女の子と過ごしたい、という男心を満たすためである。つまりはナンパだ。道行く一人の女性を見つけるたびにそちらへ出向いて愛を語る。あたって砕けろだ。複数あたれば必ず誰かは一緒にいてくれるだろう。そんな不確かな確信を持って家を出てきたのだ。
しかし、なんと言ったって今日はクリスマス。一人で歩いている女性なんて、そうはいない。現在の時刻は午後九時。朝の十時ごろからずっとこの状態なのだから、そろそろ廉造の身体も悲鳴を上げ始めていた。
勿論、廉造だって途中で何度も帰ろうとしたのだ。だが、家に帰ったところで、誰も居ない。
両親はクリスマス休暇を貰ったらしく、昨日から旅行へ行っているし、柔造をはじめとした兄弟は皆予定があった。金造なんかは、今日はクリスマスライブのあとファンの子らと飯食ってくんねん、羨ましいやろ廉造。お前も連れてったろかー?俺に似とるさかいファンの子も喜ぶんちゃう?などとにやついた笑顔で告げてきたのである。その言葉に、金兄のおこぼれなんぞいらんわ!俺は女の子の友達いっぱいおるもん!とこれまた虚勢を張ってしまったのだ。とはいえこの行動、今となってはかなり後悔しているのだが。
とにかくそんなわけで家に帰るもここに居るのも殆ど同じである。となれば、少しでも女の子と関われるこちらの方が良いと廉造は思ったのだ。
しかし、本当に、誰も居ない。
周りはカップルだらけで、雪を被りすぎた廉造は最早好奇の目に晒されていた。
「そろそろ……かえろっかなぁ」
薄々感付いてはいたのだ。けれど、ここまでくるともう意地である。呟いてはみたものの、いざ帰ろうと足を動かそうとしても上手く動かない。
廉造派途方に暮れた。今後、誰かが現れて、何かが起こるような気もしない中、ずっと外で待ち続けるなんて嫌だ。あまりに切な過ぎる。
そう自分に言い聞かせ、さて、と足を持ち上げたところでふと後ろから、視界を奪われた。
「え、ええっ、なん?誰!?」
女の子の付ける物のようにふわふわとしているものではなく、ガッシリとした、男を感じさせる手袋。
ざらざらしている、だけども、何故だか親近感のわくようなそれが、瞳を覆っていたのだ。
「そろそろ戻ってきいや」
少し上から聞こえてきた声に思わずびくりと肩を揺らす。
「坊……?」
そしてゆっくりと振り向けば、暖かそうなコートに身を包んだ勝呂がポン、と頭に手を乗せた。
「帰るで」
言葉とともに歩き始めた彼に、すっと足が着いていく。先ほどまで動けなかったのが嘘みたいに、軽くなった足は、小走りでその後を追うのだ。
「めっちゃ寒かったです」
「ほな、さっさと帰ってきいや」
「ええー、今日はクリスマスですえ?かいらしい女の子と一緒に居たいやんかぁ」
「お前仏教徒やろ」
「仏教徒がクリスマス祝ったかて罰はあたらへんような時代ですよって」
「……せやったら俺と居ったら良かったやろ」
「坊真面目さんやもん。どうせ今日やって勉強してはったんですやろ?」
「……たまには息抜きも必要やからな」
「坊……!」
思わず手袋に守られたその手を掴む。冷たい指先は酷く赤くて、きっと霜焼けになってしまっているのだろう。
「おま、手袋どないしてん!」
「忘れましたんや……やからえらい寒うて……」
「はぁ……アホやなぁ」
と、掴んだ手を解かれる。それから勝呂は片手の手袋を取ると、廉造の手へとはめた。そうしてもう一方の手は勝呂の大きな手に絡め取られる。
「これでちょっとはましやろ」
そう言ってから、ふいとそっぽを向かれた。丸見えの耳が赤いのは、寒さからか、それとも。
「ほんまや、めっちゃあったかい」
ふふふ、と廉造は笑う。そして、なんて可愛らしい人なんだと廉造は思うのだ。
冷たいてのひらと、暖かいてのひらが重なり合って、きっと勝呂は寒いだろう。それなのに、妙陀の門が見えるまで、ずうっとそうして居てくれた。そして、手を離した後も、手袋をこちらへ寄越して、明日返してくれたらええから、と帰っていったのだ。その背中を見つめながら思う。
確かに、自分が抱き締められるほど小さくて、可愛くて柔らかい彼女は居ない。けれど、そのかわりに、こうやって迎えに来てくれる人がいる。それはなんて幸せなことなのだろうか、と。
廉造は遠ざかっていく幼なじみの背中に向かって、五文字を唱える。誰にも聞こえないような、小さな声で。
手袋
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