約束
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※年齢操作
※死ネタ

初めて手を繋いだのは二人が出会った日。ほ乳瓶を抱えたその子と、母親の胸に抱かれた子は、誰に言われるでもなく自然と手を取り合った。まだ世界を全く知らなかった二人は、仲良く一緒に遊んだものだ。

初めて二人が名前を呼び合ったのは、話せるようになったその日。ママでもパパでもなくてただただお互いの名前を呼び合った。母親はたいそうショックを受けたようだけれども、父親は眉を下げながらもこの子たちはこれで良いんだ、と笑う。

初めて二人に将来の二人の関係を知らされたのは、幼稚園へ入った直後。大人たちの言葉はまだ小さな二人には難しかったけれど、なんとなく理解は出来た。そうして少年はそっと繋いでいた手を離す。一つの約束を交わして。

初めて二人がキスをしたのはお昼寝の時間。まだ年端も行かない子どもだというのに眉間に皺を寄せて眠っていたその子の眉間をもみほぐしながら、啄むようなキスを送った。絶対に届いてはいけない思いを隠して、子どもの戯れを装ってこっそり裏切りのキスをする。だって彼の初めてはいままで自分が全部全部貰ってきたのだ。これが最後の初めてだと、心に決めて誰よりも先に誓いの口付けをしたのである。

そして、初めて二人が離れたのは二人が三十になったその年の暮れ。少年は青年になり、一人はトップになった。二人の生きる世界ではどうしてもトップは血筋を残さなければならない。だから、二人は離れたのだ。青年の隣に立つ純白の着物に二人して涙を流した。
次の初めては――

なんて、所詮は全部、全部昔の話。
縁側に座りながら、いつぞやのほ乳瓶を持っていた少年こと志摩廉造は緑茶を啜る。京都は今日もすっきりとは晴れない。なんとなく少しだけ東京の突き抜けるような空が恋しくなるものだ。なんて考えるとまた高校時代の思い出に浸りたくなるのだから、年をとったと苦笑する。

「れんぞ!れんぞ!」

と、最近ようやく言葉を覚えて、様々な物に興味津々な“坊”の声。

「はいはい、廉造ですよーっと。坊、どないしはったんです?」

「じじが、じじが!」

と廊下の先を指差して、れんぞって、と単語を連ねる。その少し後にそちらの方向から、若き“和尚”が駆け寄ってきては、“坊”を抱き上げたのだ。

「廉造、おとんが呼んではる」

「わかりました。今行きますぅ」

よいしょ、と縁側から立ち上がれば、先日負った傷が痛む。動く度に血が滲むくせに何を歩き回っとるんや、と叱られて、あははと笑った。

「俺はまだ、“志摩”の使命を全うしとらんからや」

そうしてその場を立ち去る。きっと若きトップにはその言葉の半分も理解していないだろう。当然だ。だって、これは二人の約束。
相変わらず長い廊下を歩く。摺り足でしか歩けないのは、きっと年のせいだろう。着物を汚す血は関係ない。この程度の傷、今までだって何度もあったじゃないか。

「竜二様、失礼しますえ?」

スッと静かに襖を開け、屋内へと歩みを進めると、記憶よりも随分老けた顔がこちらを見つめていた。

「志摩。」

けれどもその凛とした声は健在で、名を呼ばれるだけでどうしても心を揺さぶられるのだから悔しい。

「竜二様、」

「坊でええ。」

「――坊」

廉造は、後ろ手でゆっくりと襖を閉めると、その場に腰を下ろした。小さい時にはどうしてもうまくすることの出来なかった正座。それから流れるように三つ指を付いて深々と頭を下げる。

「最後のお仕事、遂行しに参りました」

「おん。」

頭上げぇ。そう言われて顔を上げれば、また目があった。眼光鋭く輝いていたそれは、随分と柔らかに笑みを携えている。そうしておいでおいでとされたのでゆっくりと近づいた。

「ぼん」

「志摩。」

そのまま徐々に近づく顔。

「んっ……」

啄むようなキスを贈られる。50年越しの唇は、以前のような若々しさなどはなかったけれど、あまりに愛しくて涙がこぼれた。

「志摩、」

ギュッと抱き締められる。廉造もキュッと着物を掴めば、優しく背中を撫でられた。それはきっと合図なのだろう。手を離して生きてきた二人が漸くもう一度手を繋げる時が来たのだという、合図。
胸元に隠しておいた小瓶を取り出す。カランと中には2つの錠剤。
二人を繋ぐ、赤い糸。
廉造はそれを二つ口に放り込む。そうして今度は自ら彼へと口付けたのだ。
絡まりあう舌。二つの口に一つずつのお揃いの錠剤。これから裏切ることになる命に懺悔しながら、ただただお互いを求めた。
そうして勝呂がコクリと喉を鳴らすのを聞いてから、自分のものを噛み砕いた。
途端、熱くなる身体。生命が最後の足掻きを見せているのだろう。
はぁ、はぁと荒くなる息。上手く酸素を取り入れられない。
と、上から聞いたことも無いような幸せそうな声が落ちてきた。

「ようやっと、言える」

上を向いて何をですかと問えば、白髪の混ざった髭。男らしくてええですね、俺も真似しよかな、と言ったら、お前はかいらし顔しとるんやからやめときぃと窘められたのを思い出す。ふふふ、と笑えば、笑うなやと苦笑が落ちてきた。

「好きや」

そうして、ただただ呼吸をするかのように落とされた言葉に、廉造は再度笑う。

「ようやっと、聞けました」

へにゃりと、変わらない笑みを浮かべながらそう言って足を擦り寄せようと試みたけれども上手くはいかなかった。
もうそんな時間か、と思う。
けれども二人にもう未練は無いのだ。
だって、告白を聞けた。相手の為に身体を、命を削って、ただこの時のために生きることができた。
そして今、人生最後の初めて、を相手に捧げるのだ。
未練なんて、あるはずが――

「志摩、志摩」

朦朧としてきた意識の中で声が聞こえる。何ですかと問いながら、離してしまいそうだと必死に甚平を握っていたら、その手を取られた。
そうして重ねるように握られた手は熱い。
まだ、生きている。

「坊、坊。次は、きっと男と女で産まれましょう。もう、坊の隣に他ん人立っとるん見たないんです。俺が、女でかまいません。ふふふ、坊のお子を身ごもるなんてめっちゃ幸せや……。ね、坊。次は、次はね、坊。おれ、」

あんたの隣、歩きたいです。
その言葉はもう音にはならなかった。
無音が広がる。心音も呼吸音もない、本当の無音。それは、二つの生命の終わりを告げていた。
時計も置かれていないその部屋はいやに殺風景だ。
真ん中に布団が一つ。
その上に、寄り添うように廉造と竜二は折り重なった。
握りあった手、胸に抱かれた廉造。
二人の腹部からは赤く血が滲んでいる。合同任務で二人は同時に大怪我を負っていた。致命傷とは言わないが、復帰は難しいだろうと言われる程には大きな怪我。この時二人は同時に目配せする。あの約束を果たす日がようやく来たのだと悟ったのだ。

穏やかな二つの顔。
徐々に冷えていく冷たい身体。
まだ生きることは出来た。
けれども二人は選ばなかった。
飲み込んだのは劇薬。
戸惑いなんてものは無い。

そうして二人は最後の初めてを手に入れたのだから。



約束


111115



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