Sweet or solty……?
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※幼少時代

とん、とん、と短続的に響く、包丁が野菜を切る音に雪男は目を細めた。
何時までたっても部屋に帰ってこない兄が心配になって来て見れば、やはり、と思わず溜息を零す。
そして彼に気づかれないようにと柱に身を隠しながらそっとその姿を見守った。
ついこの間、どうしてか理由は分からないが兄が料理に目覚めたらしい。
不器用で集中力がなく、それでいて頭も良ろしくない彼が始めて持った趣味らしい趣味。
最初は兄が料理なんてなんの冗談だ、と雪男は思ったが彼は本気だった。
時間があれば台所に立ち、レシピブックを眺めては作り始める日々。
その時作ったものはその日の夕飯時に食卓へと並んだのだが、味も見た目もどうにもよろしくない。
最近作り始めたばっかりだから、と父が慰めていたのだって記憶に新しかった。
今日だって、玉子焼きの塩加減が良くないと周りの人にさんざんからかわれていたのを雪男はしっかりと覚えている。
そしてその結果が、これであった。
いつもなら雪男と同じベッドですやすやと眠っている時間に、読めるのかも分からない調理本を片手に、うーん、うーんと眉間に皺を寄せて悩んでいる燐。
身に着けているエプロンはそこら辺にあったのであろう何の変哲もないもので、父がエプロンなら上手になったら買ってやる!と言っていたのを思い出す。
一人で結ぶのが難しかったのか、三角巾はきちんと着けられておらず、東部で歪んでぐちゃっと丸まっているようなかんじであった。
そんな彼に苦笑を漏らすが、決して彼を馬鹿にしているのではない。
真剣に、応援しているのだ。
今まで何もかも中途半端であった彼が始めて熱中し始めたことである。
双子の兄に対してわが子のように見守る、という表現はおかしいかもしれないが、実際雪男の心境はそうであった。
やがて燐は割った卵の中に塩やしょうゆを入れてしゃかしゃかと混ぜ始める。
そしていい塩梅に混ざったのを感じてからそれをじゅうっとフライパンの中へと流しいれたのだ。
一瞬にして卵の良い匂いが雪男の鼻腔を擽る。
少し焼き色をつけると即くるくると数日でマスターしたらしい卵のまき方で完成に近づけていくのを見ていれば自然と腹が減り始めた。
そして、二周目最後の一巻き、というところで雪男の腹に限界が訪れる。
ぐううう、と腹の音が響いてしまったのだ。
それに驚いた燐がバッとこちらを向く。
が、その勢いで身体と踏み台はバランスを崩し、傾いた。

「うわ、ああわああっ!」

「に、兄さん!!」

駆け出した雪男。
徐々に踏み台から落ちてくる燐へと手をうんと伸ばし、その身体を抱きかかえる。
そして、どんっという衝撃音と共に二人は床へと転がったのだ。

「いっつつつう……って、ゆき、お……?」

「いたたた、大丈夫?兄さん」

思いのほか弱かった衝撃に疑問を持ちつつ起き上がった燐は雪男の姿に驚く。
まさか、雪男が助けに走ってくるとは思わなかったのだろう。

「俺は大丈夫だけど、雪男、あの、だ、いじょうぶ……か?怪我……」

そしてさらに雪男が下敷きになっていたことに気がつき驚いたらしい燐はおろおろするが、そんな彼に雪男は微笑みかける。

「僕は大丈夫。それより、玉子焼き、こげちゃうよ?」

「え……って、うわああああ!卵!!」

そう指摘すると燐は慌てて立ち上がりコンロの火を消したのだった。
だが彼はフライパンを覗き込んで肩を落とす。
先ほどまで綺麗な黄色だったそれが、茶色く変色してしまっていたのだ。

「今回は……うまくやけたと思ったのに……」

今にも涙を零しそうな瞳でそう呟いたのを雪男は見逃さない。
躊躇うことなく兄の下へと歩み寄って、そのフライパンから一口ぶんの玉子焼きをちぎり口へと放り投げたのだ。

「雪男!それ、もう焦げちゃったから!!」

その行動に焦る燐。
失敗作を食べられたくなかったのである。
けれど雪男は何のことなくただただそれを咀嚼しごくん、と飲み込むと、顎に手を当て少し考えた後笑みを零した。

「兄さんの卵は甘いね」

「えっ?」

「うちは基本的に塩派だからあれだけど、僕はどっちかというと甘いほうが好きだったんだ。」

「ゆきお…?」

「だから、美味しいって言ってるの。そりゃあ、ちょっと焦げちゃったかもしれないけど、それはそれで手作り感じゃないのかな?」

その言葉に燐はぱああっと表情を明るくする。
目尻に溜まった涙をそっと指で拭き取ると同じく笑みを浮かべた。

「あ、ありが……じゃなくて!俺はお前の兄ちゃんなんだから、お前の好みくらい分かっててとうぜんだろ!」

そして腰に手を当ててえっへんと言う彼に雪男は思わず苦笑する。
それからフライパンにもう一度手を突っ込んで千切りとると次は燐の口へと運んだ。

「自分でも食べなきゃ上達しないって、テレビでやってたよ」

そういって押し込むと、雪男はくるりと彼に背を向けて歩き始めた。

「じゃあ僕は先に寝るね。美味しい玉子焼き、ご馳走様。」

残されたのは燐。
結局助けてもらったお礼も、感想を言ってくれたお礼も伝えることが出来なかった。
口の中には言われたとおりの甘い玉子焼き。
それの真実は、塩味にするつもりだったものを、分量を間違えたために出来た副産物である。
それを咀嚼しながら燐は思う。
次は、本当に甘い玉子焼きを作ろうと。
そしていつか必ず彼をうならせようと決意したのだ。



Sweet or solty ……?


雪燐たまらんくてつい。


110522






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