枯れ芙蓉
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※パロディ


「なあお前さん、しっとるかい?」
「おや、なんをだい」
「ああ、ああ、今話しって言やぁ、勝呂組の若頭の話しかあらへんやろて」
「ああ、聞いたことがあんねえ。えらい恐ろしゅうお顔をした若様がいらっしゃるて」
「せや、そんお人のお話や。なんや近頃家業を継ぐお心決めをされたらしゅうて、こんあいだ、墨を入れに行っとりはったらしいんやわ」
「そういえば、あのお家は代々右肩に家紋入れてはったなあ」
「やけど、そんお人、ちょおちごうたらしいんや。これは実際にお墨を入れはったお方に聞いたんやけどな、どうやら家紋は左肩に入れて、右肩にはちゃうんお入れになったらしい」
「ややっ、それは珍しい。先代様へのちょっとした反抗心やろか……」
「やもしれん。で、その模様なんやけどな、」

えらい美しゅうて大きい千日紅、らしいんや。



枯れ芙蓉



「ああ若様、若様!ちょっとお待ちになっとくれやす」

のっそりと、暗黒が肩に伸し掛かる暮れ四つ。中心だけを黄金に染めた青年は、青年を遙に超えた年齢と思しき男に袖口をつかまれ立ち止まった。

「何や」

三白眼でギロリと見つめられ男は少し後ずさるが、どうやら古い知り合いらしい。その目をしっかりと見据え、しかし少しへらりと笑ってこういう。

「若様、若様、街の者が噂しとりますえ?なんや若様がご乱心やて。」

その姿に、少し眼光を鈍らせた青年に気がついたものがいただろうか。

「せやから、若様が右肩にいれはったお花のお話どす」

「ああ、それか」

「悪い事はいいまへん。はようそん千日紅の意味、誰ぞに打ち明けなさってください。せやないと、シマのもんも気が気であらへんようや。若様が、謀反おこさはるやないかって」

心ここにあらず、といった青年はなにやら遠くを見る。
一寸先は真っ暗なこの道、遠くを見やっても何が視界に入るわけでもない。

「約束や。ただの、ちっこい頃ん約束、や。」

そううわごとのように呟いた彼は、ふらふらと歩み始めた。

「ちょ、ちょお、勝呂の若様!」

その言葉は彼にはもう届かない。若様、と呼ばれた男――勝呂竜士は、ただ一つ、約束を交わした幼馴染を思い浮かべて道を行く。彼ももう青年だろう。記憶の中の幼い彼は、へにゃりと笑う。
自分は、彼の生きていない世界を知らない。
けれど、彼の居ない世界を知っている。
彼が居なくなってから色々なことがあった。有りすぎて、もう日常と化してしまったけれど、確かに、色々なことが。
肌寒さを孕んだ風が通り抜けていくのを感じながら勝呂は息を吐き出すと白くなって消えた。
もうじき、彼と会わなくなって十五回目の冬がやってくるのだ。

「志摩」

小さく遠く離れてしまった幼馴染の名を呟いてみるけれども、返事などありはしない。
その代わり、急激に足の辺りが冷え込んできて、勝呂は身震いを一つすると肩に羽織った濃紺の着物を手繰り寄せた。
そうすると先程よりもずっと暖かくなって勝呂を包むから、少し昔の事へと思いを馳せてしまうのだ。
ずっと昔、忘れてしまいそうなほど幼い頃の、けれど大切な記憶。
あれは確か、ようやっと夏へと変わりきった季節であった。


「ぼぉん!」

幼少期のあだ名を呼ぶ少年。ふわふわとした髪質の彼は、勝呂を見つけるとへらりと笑ってかけよる。

「ん?どないしたんや志摩」

「ちょおこっち来てやぁ!めっちゃ綺麗なお花さいてはるんよ。」

志摩は、勝呂の服の袖ちょいちょいと引っ張るとあっち、と少し先を指差した。

「うわあ!!」

そこに広がっていたのは――まるでピンクの色の魔法の絨毯のごとく群生している芙蓉林。

「めぇっちゃ綺麗やろ?あんな、これ、芙蓉、いうねんて!お姉が教えてくれはった!」

「へええ、めっちゃ綺麗やぁ」

「やろぉ?」

ふふん、と胸を張った志摩はそのまま勝呂の服を離すとそちらへ駆け出した。
甚平がひらひらと舞う。いつも彼は灰色を着ていたはずなのに、今日は少し色が入っている。そのせいか、その姿がどうにも花を繋ぐ蝶々のように見えて、勝呂は目を擦った。

「坊、どないしはったん?」

そうして目を開いた途端目前にあった志摩の顔にカッと朱を走らせる。
驚いた。勝呂は驚いたのだ。あまりに芙蓉と志摩が合っていたから。これほどまでに、花を、そして人を引き立たせる二つがあるだろうか。勝呂は首を振った。志摩になんでもないと伝えるために、そして自分の頭に浮かんだ言葉を消し去るために。
さすれば少しほっとしたような表情を浮かべた志摩は、やがてくるりと背を向けると小さく呟き始めた。

「あんな、坊。こんお花、言葉持ってはるねん。こんお花だけやない。ほとんどのお花は言葉持ってはるんよ」

そう言って志摩は懐を探る。そうしてでてきた一輪の花を悲しそうに笑いながら勝呂へと手渡したのだ。

「こんお花な、アガパンサスっていうんやて。めっちゃかいらしいお花やろ?」

青い花。芙蓉とは対極的なその花はあまりに綺麗だったけれど、それよりも志摩の悲しい顔が印象的で素直に可愛いといえなかった。けれどそんななか、どうしても気になったのは花の言葉。

「なあ、志摩。この花は、なんて言うてるん?」

しかし、志摩は答えなかった。ただ一人笑って、それは坊が調べる担当や、と笑う。そんで、わからはったらお返事してや、とも。

「どういう意味や」

眉根に皺を寄せて問えば、志摩はもう一度へらりと笑い、そうしてこういったのだ。

「あかんわ坊、もう時間やて。おれ、行かな」

「ちょ、ちょぉ、志摩?」

ほなね、逃げるようにそう手を振った志摩を、勝呂はぽかんと見守っていた。いつもいつも変わっている奴だとは思っていたが、いつにもまして変だったと思ったものである。

そしてその翌日から、志摩とはぱったりと会わなくなったのだ。
後に彼は遠くへ行ってしまったと聞いたが、それが世界の話なのかそれとも土地の話なのかは当時の勝呂には分からなかった。けれど、自分はきっとあの時とはかけ離れた世界にいくのだということは幼心に分かっていたのである。
任侠の世界。
それは、いやに血なまぐさくて、それでいてしっかりと仁義を重んじる美しい世界だった。
生を掛けて何かを守るということに憧れていた勝呂には天職だとしか思えないほどに。
そうして間違うことなくまっすぐに道を歩んできた勝呂は、二十の時に組を継いだのである。
勝呂組。地元では名の知れた組で、信頼も厚いと有名なそれは、龍を家紋に掲げていた。
当主は組を継ぐ際に、右肩へ龍の刺青を入れるのが決まりという奴である。
それは勝呂も然り。だから先日墨を入れに行ったのだ。とはいえ、先代までとは違う形で、だが。

「右肩には千日紅、左肩には龍を」

と勝呂は迷うことなく職人へと伝えた。職人は酷く困惑したが、三白眼にやられ、ようやっと承諾したらしい。そうして、例の話が浮上したわけだ。謀反。そんなお事は爪の先ほども考えていなかったというのに、である。ただ、勝呂は約束を果たしただけなのだ。

「お返事してや」

志摩の伝えたかった気持ちを花が代弁していたと知ったのは花を渡された数日後。
アガパンサスの花言葉は恋の訪れだと聞いた。青色の花なのに、と苦笑したものである。
恋愛は赤いものだと思っていたのだ。その認識は今だって変わっていない。
けれど、青い恋愛があることだってもう知ったのだ。胸が苦しくなるような、大人な恋愛が。
だから勝呂は刺青を入れた。右肩に大きく、目立つように千日紅を、この思いを、切ないものにしてたまるかと真っ赤に染めて。噂が風を伝って、今何処居るのかもわからない彼に届くようにと。
ふと隣を見れば、何時ぞやの芙蓉林。
花の季節はもうずっと昔に通り過ぎ、花弁は散り、種子だけが残っている。そんな姿でも美しいと評判の枯れ芙蓉は風吹かれてカサリと微笑んだ。
と、そこに何やら知らぬ花。
いつもは気にしないのに、何故だかどうにも気になってその場にしゃがみこむ。そうしてそこに咲いていたのは――――

「坊、えらいお久しぶりですねぇ」


季節外れのスターチスだった。





111025



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