AM8:00の静かなる芽生え
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朝は得意だ。
否、自分と弟の分の弁当を作るようになってから、いつの間にかあんなに苦手だった朝が得意になっていた、と言った方が正しいだろうか。近頃では遅刻も減ったし、規則正しい生活のお陰か授業中の居眠りも以前に比べれば随分減った。それをいつだったか塾の友達である廉造に自慢したのだ。

「俺、最近遅刻付いてねーんだぜ?すげーだろ!」

「うわぁぁぁ嘘や……俺の知らん間に奥村くんが進化してはる……」

「へへん!まっ、俺にかかりゃ、この程度夕飯前だぜ夕飯前!」

「それ言うんやったら朝飯前やで奥村くん……」

なんて会話をしたのを覚えている。
今ではもうすっかりその生活にも慣れてしまって辛さなどない。それどころか朝の爽やかな風にすっかり惚れ込んでしまい、毎朝それを感じないと何となく1日が始まらないような気さえするのだ。
そんなある日、塾が終わった後にいきなり廉造がパンッと手を合わせた。
どうやら彼は燐のあの自慢話を覚えていたらしい。朝誰よりも早く起きている割にはのんびりと寮を出る燐にモーニングコールのお願いだった。

「あんなっ……明日、絶対に早う学校行かなあかんのやけどっ……坊や子猫さんに起こして貰ても早すぎて絶対二度寝してまうんよ……やから奥村くん、明日起こしに来てくれへんやろか……」

などと情けない声を出す彼に、特に朝の用もない燐は二つ返事で了解したのである。

そんなこんなで燐はこの普段とは違う新しくて綺麗な寮を歩いているのだが、どうにめ人通りが多くて困ってしまう。更に彼らは門へと向かっているため中々進みづらい。それでも何とか人を掻き分け掻き分け廉造の部屋の前に付くことが出来た。
扉を前にして少々怯む。
こうやって誰かが寝ている部屋へ来るのはおろか、誰かの部屋に入るなんて初めての経験であった。
途端高鳴る胸。ドキドキを抑えつつふぅと大きく息を吐くときっと前を見据える。そうして覚悟を決めた燐は意を決してドアノブへと手を伸ばしたのだ。

ガチャリ、とドアは簡単に開き、周りに比べると多少暗さの残る部屋へと緊張の面持ちで入り込む。
さすれば部屋の片隅に位置したベッドに小さな膨らみを見つけた。
そっと近づく。
海の家での一件の夜のように大変な寝相を想像していたのだが、なんとも綺麗に寝ているではないか。
上を向いてしっかりと布団を掛けて。
なんて観察しているとふと寝顔が視界に入る。
綺麗な薄茶色の瞳は閉じられていていつも絶やさず浮かべている笑みはなりを潜めていた。
そうすることで、普段は気が付かないような部分が見えてくる。

(うっわ……志摩って意外と睫毛なげー。)
彼はへらへらした笑みを浮かべている姿からは想像も出来ないような端整な顔立ちをしていたのだ。
燐の弟である雪男も、整った顔で女生徒から人気があるが、その雪男に勝るとも劣らないように思う。
そう、彼こそが黙っていれば格好良いのに、と陰でこっそり残念がられるタイプなのだ。
と、その時先程抑えこんだドキドキが戻っていていた事に気が付く。
でも、これは緊張ではなく、もっと違うような気がする。
ドクン、ドクンと心臓から熱い血液が全身に送られる感覚が頭を支配した。

「ん……」

が、口から漏れた声にはたと気が付く。
バッと時計を見ると約束の時間を10分過ぎたところであった。

「やべぇ、志摩、起きろ!」

慌てて揺さぶれば、んんん、なんて鼻から抜けるような声を漏らす。

「ほーら、早く起きろってば!早く行かなきゃなんねーんだろ?」

「いま……なんじなん……」

「8時」

そう言うと彼は8時、と繰り返した後に、ガバッと起きあがったのだ。

「あかーん!」

そして叫び声と共にワタワタと準備を始める廉造。

「うおあっ!ビビったー……だからやべーって言ったじゃんかよ!」

「そうやけどっ……やばい……これは飯食うとる時間無いわ!」

ズボンやらあの変なTシャツやらを纏った彼は、燐同様あまりに軽そうな鞄を手に立ち上がった。

「ええっ、そんなんで腹減らねーのか?」
「減るけど!しゃあないやんか!」

そうして脱ぎっぱなしだった服をかき集めてベッドに投げ置いた廉造は、燐に向かって笑みを浮かべたのだ。

「ほな、奥村くん、起こしてくれておおきにな」

(あ……笑った)

彼の笑顔なんて見慣れているはずなのに、ドキッとするなんて、可笑しい。
バタンと閉められたドアをじっと見つめて苦笑した。
本当にだらしのない男である。投げ飛ばされた服はぐちゃぐちゃ、布団もぐちゃぐちゃ。おまけに机の上にはちょこんと財布。
これでは彼は夜まで食事にありつけないだろう。確かに起こす時間が10分遅れてしまったとは言え、本来ならば自分で起きるべき所を燐がわざわざ別の寮まで出向いてきて起こしてやったのだ。
けれど、やはり多少なりとも自分にも非があったことは分かっている。
だから、ちょっとした差し入れ程度のものを作ってやっても良いかもしれないと微笑んだのだ。




AM8:00の静かなる芽生え


潤!誕生日おめでとう!遅くなっちゃってごめんね!愛してる!



110909



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