恋愛指南 2
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「こんにちは、君がれんぞー君のお兄さんですか?」

そういって窓から入り込んできたのは、今までのどの任務で出会ったそれ達とは比べ物にならないほどに大物の悪魔だった。

「ひいいいいいいいいいいいいいいい何やお前どこから入ってきてん!」

思わず後ずさりし、身を守ろうとに胸元に手を突っ込んだ瞬間、金造ははたと気付く。現在着ているものは制服ではなくごく普通の甚平であるため、武器の持ち合わせがないということに。
途端ダラダラと垂れる嫌な汗。
詠唱をしたくても、目の前の悪魔の致死節なんて知らないのだから唱えようにも唱えられない歯がゆさ。こういうとき詠唱騎士は不利だと思う。

「どこからって……普通に、窓からですけど」

と、問いかけに応じた彼はうーんと首をひねりながら窓を指差した。なぜそのようなくだらない質問をするのかと言うかのように。

「窓は普通ちゃう!ってそうやのうて、結界あったやろ!」

けれど金造はその悪魔の言葉を信じられなかった。この明陀の土地には確かに父をはじめとした僧正家系が全力を尽くして日夜結界を編んでいるのだ。
それをいとも簡単に抜けてきただなんて、考えられない。

「ああ、あれは結界だったのですか。少し肌がぴりぴりしたように感じましたが、あのような蜘蛛の巣のようにもろい物では僕を拒めません」

「なん……やて……」

しかし、実際に肩を差し出し、ほら、服が破けてしまいましたと言われてしまえばそれまで。そこに細い糸が絡んでいたことからも考えれば彼が結界を抜けたことは事実であるとしか言えなかった。そして同時に気付いたことがある。

「で、どちらさんなん?」

彼からは一切の殺気を感じないのだ。そして彼の訪問には何やら事情が有りそうであることを弟の名前が出た時に肌で感じとっていた。現に金造は少しくらいは話を聞いてやっても良いかもしれないと思うほどには警戒を解いている。

「そういえば紹介が遅れましたね。僕は地の王アマイモンです。君は志摩廉造の兄で間違いないですか?」

が、金造の思考はその言葉に停止した。彼は地の王アマイモンだと言う。地の王といえば、上級中の上級悪魔ではないか。
金造の小さな脳味噌にはどうにも情報がデカすぎたらしい。

「うと、えとっ、お、俺は、金造です、志摩、金造」気が付けば、そんな言葉が口から転がり落ちていた。そして金造はハッとする。お前は何をしているんだ。相手は悪魔だぞ。そんなことが頭をぐるぐる回る中で、アマイモンはやはり、と言った。

「れんぞー君とよく似ているからそうではないかと思ってました。使っている言語もよく似ているし。」

金造の全身をなめるように見てうんうん、と頷いたアマイモンは、ぺこりと頭を下げる。

「あなたなら、“恋愛”というものをよく教えてくれるとれんぞー君に聞きました。僕は僕が知らないことがあるのは嫌です。教えてくれますか」

そして零れた言葉に金造は耳を疑ったのだ。

「えっ……なんやお前、恋愛知らんのか?」

「知っていたら聞きません」

「そらそうやけど」

恋愛。それが何かなんて聞かれる日が来るとは思っていなかった。それも、悪魔に。
恋愛なんて生まれたときから何となく知っていて、呼吸するように産まれてくる感情と認識している。だって、人はいつの間にか人を好きになっているのだから。

「教えてくれないのですか」

「ぞええええ!」

と、いつの間にか目前まで迫っていた彼の顔に驚き後ずさる。驚きのあまり高鳴った胸が痛い。ドキドキと煩い心音を抑え、早く帰って欲しいという意味を込めて叫んだのだ。

「れ、恋愛は!相手を愛したり恋い焦がれたりするもんや!」

分かったか!そう叫んだのを境に沈黙が訪れる。何やら変な汗をかきながら切れた息を整える音だけが響いた。
それを暫し聞いていた彼は、やがてそれに隠れるようにポツリと呟く。

「愛する……恋……?それは一体何ですか?」

食べれるんですか?その言葉に金造は絶句した。そしてこの王様は、もしかして自分をからかっているのではないかと勘ぐってしまう。しかし、その瞳には一切の淀みはなく、ただ純粋な知識欲に塗られていて、ぐっと詰まった。

「教えてくれないのですか」

と、いつまでもレスポンスしない金造に何かを感じたのだろう。しゅんと眉毛を下げた彼に何やらどうしようもない感情が芽生えてしまったのだ。
多分これは、紛れもない兄心。
金造も四男とはいえ、れっきとした兄で、甘えるのも得意だが、こんなふうに甘えられるのだって嫌いではない。
むしろ、嬉しいのだ。

「しゃあないなぁ。そんなに言うんやったらこの金造様が教えたる」

だから、こんなふうに軽い調子で了承してしまったのかもしれない。
とにかく、彼を滅多に甘えてこない末の弟に重ねたのは、確かなことだった。




恋愛指南2



110912



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