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「ほな、行ってくるわ」

そう言って末っ子が京都を離れていった。
志摩家の人間ならば仕方のない、儀式のようなものだと言うのは重々承知。
三年したらどうせまた帰ってきて、また前のような生活が再会されることもまた然り。
何人もの兄弟を同じように見送ってきた柔造は、一抹の寂しさはありつつも、意外と常務を淡々とこなせている。
しかし、金造は違った。
祓魔師になって始めての見送りだ。
それも、兄弟の誰よりも一番仲の良かった弟の。
きっと寂しいのだろう。
5年間しか末っ子をしていない金造は、その寂しさを紛らわす術を知らない。
仕事中はぼんやりと宙を眺めているし、家に帰ると三味線やギターばかりかき鳴らしていた。

「金造ー、飯食わんのかいな」

「んー」

「なんや、食うてまうぞ」

「ええよ、要らん」

声を掛けてもこんな調子で、大好きなご飯で釣ろうとしても、生返事しか帰ってこない有様。
ひたすらに、寂しさを紛らわそうとしているのだろう。
徐々に精気の無くなっていく金造を、柔造は見ていることが出来なかった。
自分がどうにか寂しさを紛らわせてやれないものか。
とにかく最近ではまともに話もしていないことを思い出し、彼の自室へと訪れてみることにした。

「金造、入るで」

深夜の今、うっすらっ電気の付いているそこでは、音こそ漏れていないが、今だってどうせエレキギターと戯れているのだろう。
周りで寝ている人々を起こさないように気を付けながら襖を開けると、一番に壁へと立て掛けられている三味線とギターが視界に入り、おやっと思う。
さらに部屋の主は向こうを向いたままでこちらには気付いてもいないようだ。
耳にはイヤホンが刺さっていて、音楽でも聴いているのだろうか。
ここは一つ、びっくりさせてやろう。普段は隠しているが、柔造だって金造と同じ血を持っているので、悪戯心というやつはしっかりと持っているのだ。
そっと足音なく近づいていけば、なにやら小さな吐息が聞こえる。
そして、金蔵を真上から見下ろす形になって初めて、彼が一体何をしていたのかが分かったのだ。
自慰。
シュッシュッと性器を擦る音がわずかに聞こえる。
それにあわせて甘い吐息が零れた。
そこで柔造は失念していたことを思い知らされるのだ。
金造だってまだ二十歳の健全男子で、定期的に自己を慰めなければ辛い年頃。
耳を澄まさなくとも、この夜中の静けさが金造の声をより鮮明に届かせる。
吐息、というにはあまりに嬌声に似た声が柔造を変な気持ちにさせる。
そう、このとき思い出したのだ。
自分だって、まだ二十五で自己を慰めなければ辛い年頃であるということを。
そして、自慰と気づいたその時にすぐに立ち去らなかったのが運のつきだと苦笑した。
手を伸ばしてピッと勢い良くイヤホンを抜き取れば、ようやく金造は柔造に気がついたらしい。

「うえ、へ、あ、じゅ、に……!?」

驚き戸惑う視線は左右に揺れ、徐々に羞恥を感じてきているのか目には涙が溜まって来ているのが分かった。

「手伝ったる」

それを知って、どっかりと座るとあからさまにビクつく金造。

「何言うてんの……柔兄?手伝うって、え」

そしてまだパニックを起こしているらしい彼の体を抱きこむように腕を回して、グッと隆起したままの性器を握ると腰が跳ねた。

「や、あかんて、やめっ」

大声を出そうとする彼の耳元でそっと、声みんなに聞こえてええの?と囁けば身体を熱くした彼はおずおずと自らの手を口元にもっていく。
こんな時、弟がアホでよかったと心から思うのだ。
自ら、退路を断った彼はなんとおろかで可愛らしい。
柔造は今、当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。
弟の痴態を見て興奮するなんて可笑しいかも知れないけれど、現に柔造の性器は力を持ち始めている。
少し気が引けるが、この後どうせ自分で処理するのだから、その時のオカズにぐらいはしても構わないだろう。
何せ、自分をこんなにしたのは彼なのだから。
そう酷く勝手な理論を積み上げて自らに言い聞かせ、金造への愛撫を再開させた。
ジュブジュブといやらしい音を立てるほどにはカウパー液が出ているらしい。

「ん、ん、んう、は、あっ」

音を立てない方法だってあるのだけれど、どうにもこの弟を苛めたくて、わざと大きな音をたててみる。
すると、片耳とはいえしっかりと聞こえてくるのか、質量が増えた。

「なんや、やらしい音聞いて興奮したん?」

「や、ちゃうっ、ちゃうっ…うぁっ、」

耳をあまがみしながら重低音を叩き込む。さすれば面白いほどに肩を跳ねさせ余計に啼く。
それに柔造は思わず舌なめずりした。
もっと感じさせたい。
どんな声で啼くのか。
どうしても気になって、性器の先、所謂尿道口を親指で擦ってみると、途端、口から酷く甘い叫びが漏れた。

「ここ、感じるんやな。」

グリッグリッと親指で強く摩擦すれば腰が揺れてなんだかいやらしい。

「ひいぁっ、や、あか、じゅうに、出るっ」

金髪を振り乱して身体中を震わせる金造にイき、と呟けばいままでで一番切なく甘い声で達したのだ。
クタッと後ろにもたれ掛かってきた金造をそのままに、吐き出された精液を無言で舐めとると、カッと彼の頬が赤くなるのを感じた。

「も、なんやの……羞恥プレイもええ所やんか……」

そしてベタベタな手で顔を覆う。

「なんや金造、おまえ羞恥なんて難しい言葉知っとったんか」

そこには唾液やら精液やらが付着していて、ああやっぱりこの四男はドアホだと苦笑した。

「なっ、たとえ柔兄でもそれは失礼や!だいたい、一体何の用で来はったん!」

「あー……忘れてもうた」

「はぁ……まあ、ええわ、もう」

本当に忘れてしまったのだ。
それが相手に伝わったのだろう。
もう良いと言いながらもまだ少しぶつぶつと呟いていたけれども、その口を塞いでやった。
触れるだけのキス。
目を限界まで見開いた彼の顔が珍しくてまた笑えば、もたれ掛かっていた身体を起こしてキッと睨みつけてきた。

「っ、なんやの柔兄さっきから!」

とは言っても怖さなんて微塵もなく、まだ上気したままの頬と涙が淫靡さを醸し出しているのだから皮肉なものである。

「なんやろなぁ。俺もようわからんわ。」

少なくとも、からかいの域を逸脱していることは承知だ。
けれどまだ、柔造は兄弟愛を超える感情は育まれて居ないように思うと、柔造は笑った。


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110714



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