※幼少時代
※オリキャラ(?)注意
(明日は、俺の誕生日や)
まだ来ぬ明日に思いを馳せるだけで頬が緩むのを感じる。
つい先日分け与えられたばかりである自室の床の上をゴロゴロと転げていると、不意にぞえええっと志摩家特有の雄叫びを聞いた。
「柔兄っ!?」
次いで届いた兄の名前に、廉造ははっと顔を上げる。
ドアの開く音が聞こえたらすぐに出向こうと思っていたのに、気が付かなかったのは浮かれていたからか。
とにかく誰より早く出迎えるのが廉造のちょっとした自慢だったので、少し前の自分が悔やまれる。なんて考えながらも廊下を駆ければ、玄関口で珍しく慌てている金造の姿が目に入った。
「そのほっぺどないしはったん!えろう痛そうやでっ……せや、なんや冷やっこいのとか、」
「もうそない痛ないさかい、落ち着けや金造。あぁ、でも冷やっこいのは頼んでええか?ちょお腫れとる気いするわ」
どうしたら良いのか分からずただ右往左往している金造に向かって、そう苦笑混じりに柔造が答えると、無理したらあかんえ!と叫びながら駆けだした彼。
その一部始終を見守っていた廉造は、金造の背中を少し追った後、戻した視界に入った兄の顔に目を思いっきり見開いたのだ。
「じ、じゅうにぃ、えらいケガしてはる……」
そして零れた言葉に柔造が気付く。
「おお、廉造、居ったんかいな!」
ただいまぁ、そう言って両手を広げた柔造に、廉造はとてとてと近寄った。
「その頬、どないしはったん?」
それからギュッと抱きついて頬を擦り寄せれば柔造の大きな手が頭に落ちてくる。
「んんー、兄ちゃんなぁ、彼女さんと別れてきてん」
そして笑顔で告げられた事実に廉造はガバッと顔を上げたのだ。
「うええっ!?別れてもおたん?めっちゃべっぴんさんやったんにー!ほんま、柔兄えげつないことするわぁ」
唇を尖らして、ずるいずるいと言う廉造に柔造は頬を掻きながらぼそりと呟く。
「せやねんけどなー、彼女、約束破らはったんや」
「ふうん、なら、しゃあないわ。約束破ったらあかんって習わんかったんやろか。」
と、約束を破ったというワードに廉造はあっさりと引き下がると、再度頬を摺り寄せた。
約束を破ってはいけない。そんなことも知らない人に自分の大好きな兄を渡す気は更々ないのである。
「それはそうと廉造、明日あいとるんやろ?一人もんになってもた寂しい兄ちゃん慰める思てデートしてくれへん?」
そんな内心を知っているのだろう。始終にやけた顔で提案してきた柔造には何やら兄の余裕のようなものを感じた。
「しゃーないから、行ったるわ。どこ行くん?」
「さー、どこやろか。久しぶりに九条でも歩くか。」
「ええなあ、可愛え女の子いっぱいおるかな!!」
「ここより都会やさかい、きっといっぱいおるで。」
と、そこに遠くから駆けて来る足音が聞こえ始める。
「柔兄!!冷やっこいのなかなか見つからんかったから、とりあえずこの氷で……ってうわああああ廉造羨ましい!俺かて柔兄にギュってしてもらいたい!」
やがて現われた金造がそう叫ぶと、柔造は笑ってこっちにおいでと手招くのだ。
そして誕生日当日。
約束どおり九条に来ていた二人は様々な店へと立ち寄り商品を眺めていた。
特に幼い廉造は住んでいる町を離れること自体珍しくて始終興奮気味である。
「柔兄ー見てやあ!めっちゃかいらし子おるで!!」
道行く女の子達を見ては頬を染めるのを繰り返す彼はその年にして煩悩にまみれているようにしか見えなかった。
と、その時一瞬にして柔造の顔が曇る。
「?どないしたん、柔兄?」
同時に繋いだ手に力が入ったために、廉造も柔造の変化に気がついた。
そして視線の先をたどるとあっと声を上げそうになる。
なぜならそこには、今は元となってしまった柔造の彼女の姿があったからだ。
暫く見守っているとあちらもこっちに気がついたらしい。
柔造と、それからその握り合った手の先に居た廉造を見ると、彼女は突如として駆け寄ってきた。
そして、その勢いのまま、柔造の頬にビンタが入ったのだ。
バチーンとそれはもう子気味いい音が辺りに響く。
その音のあまりの大きさに周囲が何事だとキョロキョロしているのには見向きもせず、柔造は優しい笑みを浮かべると廉造の手を離した。
「っ、柔兄!?大丈夫なん?」
「ん?ああ、大した事あらへんよ。廉造はちょお離れときな。」
「ん、……わかった」
それから廉造にそういうと、一瞬にして表情を変え、厳しいそれをした柔造は女性に向かって口を開く。
「なんや、まだ叩き足りんかったんか」
弟への声とのあまりの温度差に一瞬びくっと震える女性。しかし、何かを払うように首を振るとビシッと指で指し、心のうちを吐露し始めた。
「うちはな。あんたが、柔造が、最初に彼女の誕生日は大切にするって言うてくれてたから、めっちゃたのしみにしとったん!今日という日を!!せやけど、どうしても今日は一緒に居れへんて言うし……挙句別れようなんていいよるから……何かと思とってん。せやのに、弟と一緒とはどういう了見や!!」
突然ビンタをお見舞いした上に今にも噛み付かんばかりの険悪さで兄にせまるこの女性に廉造は少し離れた所でハラハラしていたのだが、女性の意見を聞くとどうにも話が見えてくる。
要するに、彼女は柔造が大好きで、誰よりも優先してもらいたかったのだ。
やっぱり、柔兄はもてるなあ、なんて小さく呟けば、なんともいえない複雑な気持ちに苛まれた。
と、その時柔造の声が聞こえてくる。
「俺があんたさんの誕生日知る前言うたやろ?何があったかて、家族の誕生日は絶対予定入れへんて。それに分かったいうたんもあんたさんや。それに怒るんは可笑しいんちゃうの」
聞いた事も無い、冷静で怖い声。
自分に向けられているものではないのにどうにも背中に冷たいものが走って、思わず身震いした。
「そんなん、しらんやんか!あんだけ愛してる言われたら、誰かて自分を一番に考えてくれるて思うわドアホ!あんたはうちと弟、どっちが大切なん!?」
「弟に、きまっとるやろ。何をあほな事抜かしよるんや。あいつら全員、俺がオムツ替えて、お風呂入れて、寝かしつけとったんや。それを最近出来た彼女と比べるんがナンセンスやわ。」
「はあ?あんたの方がナンセンスやで。そないあほな事抜かしよるんやったら、いくらええ男でも一生嫁さん貰えへんえ!!もう知らんわドアホ!」
が、その後の言葉に胸を打たれる。
柔造は一般的には最低なことをのたまったのだろう。
けれど、廉造には、どうしたって格好よくしか映らなかったのだ。
「柔兄、終わった?」
広い背中にギュッと抱きついて尋ねれば、さっきとは全然違ういつもどおりの優しい声色が降ってくる。
「おん、終わったで。堪忍なーせっかくのデートやのに」
「ええねん、柔兄の格好ええところ見れたさかい、俺は十分や」
いつだって自分たちをしっかりと見つめてくれるこの兄が好きだ。
廉造は逞しい背中に頬を寄せながら思う。
誰よりも格好よくて、モテモテで、優しくて、それから少し厳しいこの兄こそが、兄という生物なのだと、認識していた。
「おうおう、兄ちゃんはいつでも格好ええやないの。ま、ええわ。廉造、今日はもう帰るか。誕生日にはケーキかなんかこうたるわ。」
そして再び手を握りあい歩き出した二人。
「わああいケーキ!!柔兄めっちゃ太っ腹や!!」
「兄ちゃんやからな。それに、廉造の誕生日やねんから当然やろ?」
「柔兄……!!ありがとうな、柔兄めっちゃ好きやで!」
「兄ちゃんも廉造大好きや」
仲睦まじく会話するふたりはやがて京都の町並みへとまぎれて言ったのである。
「なんてこともあったなあ」
「ぞえええ、何思い出してはるん柔兄!!恥ずかしいやないの」
そして今。
すくすくと成長した廉造は、めでたく16歳を迎えようとしていた。
本来ならば学園で年をとる筈であったのだが、理事であるメフィストの粋な計らいで短期帰省を許可されているのである。
久しぶりの故郷で、久しぶりの実家。
つい3ヶ月前までは生活を営んでいた場所だというのにこうも懐かしく感じるとは思っていなくて廉造は少々戸惑っていた。
けれど、先に祓魔塾を修了した兄たちもこんな気持ちになっていたのだろうと思うとまあこんなのものなのかもしれないとも思える。
コチ、コチ、と時計が時を刻むなか、ふと柔造が口にしたのはあの日とほとんど変わらず。
廉造は深夜であるにも関わらず、声を上げて笑ってしまったのである
「廉造、明日もどうせこっちおるんやろ?弟が減ってもうて寂しい思いしとる兄ちゃんのこと、慰める思てデートしてくれへん?」
兄弟愛
柔兄が途中最低な人に……
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