恋愛方程式
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※タクトが乙女(not女体化)


無理やり押さえつけた思いは、何処に行ってしまうのか。
タクトは教卓に立って方程式の解法を懸命に説く教師をぼんやりと眺めながら脳内でぼそりと呟いた。
コツコツと鉛筆が紙に何か文字を書き付けている音を聞きながら、教師の言葉を右から左へと聞き流すだけのこの時間は、いったい何の意味があるのだろうか。
そっと斜め後ろへと視線を流せば、同じくぼぉっとした目で教師を眺めているスガタが見える。
時折入り込んでくる春らしい風が吹くたびにサラサラと動く髪の毛がとても綺麗だと思った。
そんなことを思っただけでどくん、どくん、と鼓動がうるさくなるのに気がつき自分が嫌になる。

(好き、なんかじゃない。僕は、スガタなんて、なんとも思ってない)

そうやって脳内で半ば強引に自分に言い聞かせて、溜息をつく。
こうやって押し込めた想いはいったいどこに行くのだろうか。
と、不意にスガタと目があう。
まさかタクトが振り向いてるなどとは思わなかったのだろう。
びっくりしたような表情を浮かべた彼は、やがて微笑んだ。
それから無音のやり取り。

「だれを見てたの?」

「っ、」

その言葉に思わず言葉に詰まってしまった。

(見てたの、気づいて……いや、僕はスガタを見てなくて、でも本当は見てて、じゃなくてえっと……)

必死に脳をフル回転させて返答を考えるけれども、元来素直なタクトはどうしても嘘がつけない。
けれど、本当のことだって言えやしないのだ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか口をパクパクと動かしていたらしい。

「そんなに慌てなくてもいいのに」

そしてどうやらそんなタクトをずっと見ていたらしいスガタは再度微笑むと視線を黒板へと戻してしまった。
それが何だか残念に思えて俯きかけるが、好きでもないのに何故落ち込む必要があるのだと慌てて首を振る。

「ねぇ、タクト君。」

と、後ろの席のカナコが声を掛けてきた。
また、いつものように"人妻女子高生"についてかと思いながらもそちらへと視線を向けると、そこにはいつに無く真剣な面持ちの彼女が居る。

「恋愛って方程式のようだと思わない?」

「はぁ……」

そして唐突に提示された本日のお題は彼女の話題にしてはあまりに純粋なものだった。

「方程式って、たくさんの要素があるのよ。でも、そこにゼロを掛けてしまうだけで何もなくなってしまうの。ゼロは無と同じだと思うのよ。」

それからタクトは彼女の声が何時もよりあまりにも小さいことに気がつく。
まるで誰にも聞かれたないとでも言うかのように声を潜めているため、クラスのほとんどが授業に集中できているのだ。
そんな中でカナコは言葉を続ける。

「恋愛も一緒。どれだけ容姿端麗で、だれよりも仲良しでも、その想いを行動に移さなくてはゼロ。その想いは無かったことになってしまうのよ。それってすごく寂しいことではないかしら」

少なくとも私はとても寂しいと思うわ、そういって話を締めくくった。

「ぼくも、そう思うよ」

片言にならないようにそう返事をして前を向く。
そして、バクバクと動く心臓に戸惑いを隠せなかった。
タクトは平静を装っていたが、内心は酷く動揺していたのだ。

(ゼロ……)

(この気持ちが…?)

思いがけない所から先程の問いの回答をもらってしまったらしい。
再度スガタをみやると、彼はまたこちらを見ていた。
たったそれだけのことなのに、やはりうるさくなる心臓。
もう、誤魔化すことは出来ないと、暗に告げていた。

(スガタが好きな、この僕の気持ちが無、なんて……)

(それは……嫌だ……!)

確かにドキドキはやっかいだし、赤面すること自体恥ずかしい。
できればそんなことが起こらなければ良い、そう思っていた。
けれども、この感覚は慣れてしまえば案外心地良いのかもしれない。
現にタクトはこの感情を手放したくなくなっている。
心臓にそっと手を当てる。
トクン、トクン、と波打つそこはどうなってしまうのだろうか。
二人きりになるだけで喉が渇いて、言葉さえまともに発せなくなるぐらい緊張するここは、無かったことにできるのだろうか。
タクトは、そっと瞳をとじる。
そして、意識の外で授業終了のチャイムが鳴り響いた。

「きりーつ、礼!」

委員長の号令にあわせて席を立つと同時に目を見開く。

(無にならないためには、行動すれば良い)

タクトは決意を固めたのだ。
その瞳は意志の強さが現れていた。

「タクト!」

と、後ろから呼ばれる声。
その愛しい声を耳にしっかりとなじませながら振り返るのだった。






恋愛方程式


(素直になれば良いのよ、二人とも。)(……って、あまりにもどかしいからライバルに加担してしまったわ)


ミセスワタナベはきっと姉御肌



110226



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